ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第119回 「◯◯と言ってる人がいるけど」という言い回し編集氏に言われて気づいたのですが、Twitterを開けば「○○と言ってる人もいるが~」という文章によく出会いますよね。「あれはいったい何なんですか。ムカつく。」と編集氏が言ってきたので、取りあえず今書きたいことも特にないので今回はこのことを考えてみることにします。
こういう言い方、本来であれば、よく見受けられる意見に対するものであったり、その界隈にいる人なら簡単に特定できるような界隈の有名人の個人的な言動に対して使われるものです。
それが最近は「言ってる人がいますが」と言われて、「さぞ沢山の人が言ってるのだろうな」とか「その界隈では影響力の強い人が言ってるのだろうな」と思って元のツイートを探してみると、どこの誰ともわからないフォロワーもほとんどいないような人間が一人か二人呟いているようなことだったり、ひどい時にはいくら探しても見つからなかったりすることさえあります。最近で言えば、「先日の地震の際に停電中に野外でジンギスカンをしている人は不謹慎」だと言ってる人の話だとか、千羽鶴を西日本の水害の被災地に送りたがっている人とかの話があります。なんでこんなことが起こってしまうのでしょう。
まず考えられるのが、「○○をしたら、××だという風に言う人がいるかもしれない」というツイートを読んだ人が「××だと言ってる人がいる」と勘違いして反応してしまい、ツイートが出回っていく間に本当にそういう人が沢山いるような前提になってしまう例です。ジンギスカンに怒る人の話とかはこれですね。ジンギスカンに怒ってる人は私の知る限りでは見つかりませんでした。あくまで仮定の話をしていただけなのに、それを読んでそういう人物が実在すると勘違いした人たちが騒いでいただけでした。
二つ目が、バズりたいという理由で、わざわざ頭がおかしいレベルの極論を言ってるアカウントを探してきて俎上に載せるということをしている場合です。極論というのは良くも悪くも人の気持ちを引き付けるものですから、それをいじるとバズりやすいんですよね。