Japaaanでも取り上げることが多く、読者のみなさんの中にもファンが多いことでしょう。幕末・明治時代に活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)。
2019年2月6日(水)から、幕末・明治の動乱期に独自の道を切り開いた暁斎の足跡を展望する「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」展が、サントリー美術館で開催されます!
鳥獣戯画 猫又と狸 河鍋暁斎 一面 19世紀
河鍋暁斎記念美術館
河鍋暁斎は数え2歳のときに家族とともに江戸に出て、7歳で 浮世絵師・歌川国芳のもとで絵を学び始めます。その後狩野派に入門。独立後は 「狂斎」と号し、戯画などで人気を博しました。
そして、明治3年(1870年) 40歳のとき、書画会で描いた作品が貴顕を嘲弄したなどとして投獄され、以後、 号を「暁斎」と改めました。この筆禍事件や明治政府を茶化したような風刺画によって、暁斎は「反骨の人」 というイメージで語られるようになります。
虎図 河鍋暁斎 一面 19世紀
東京・正行院
これらの行動の根底にあったのは政府に対する強い反発ではなく、あくまでも、慣れ親しんだ江戸文化への 思慕であったと考えられます。 江戸幕府の終焉とともに狩野派は衰退していきますが、暁斎は生涯、狩野派絵師 としての自負を持ち続けました。