アルゼンチンに住む88歳のユダヤ人仕立屋アブラハムが、老人施設に入れられる前に「人生でやり残したこと」を遂げたいと、はるばるスペインに渡り、フランスを経由して故郷のポーランドに向かうロードムービーです。
その「やり残したこと」というのは、70年以上会っていない命の恩人でもある親友のために、仕立てたスーツを届けるというもの。
ほとんど切断寸前まで病んでいる脚をひきずりながら、たった1人でその距離を旅する気骨ある爺さんが主人公ですが、彼の心にはナチスドイツのホロコーストで受けた傷が、今も生々しく疼いています。
そう、もはや西欧映画のド定番と言える「アンチドイツ」のユダヤ人映画です。
しかし、日本人にとっては、この根深い問題の深淵なるところは、なかなか理解しづらいものがあります。たとえば、アブラハムは傷ついた脚に「ツーレス」というあだ名をつけていますが、それはユダヤ人の共通言語であったイディッシュ語で「プロブレム(問題)」という意味であるとか。戦争を体験していないはずのアブラハムの末娘の腕には、ホロコースト時代のような入れ墨が施されているとか。
今なお、人々を苦しめ続けるナチスドイツの禍根を、表面的にしか理解できない我々ですので、映画を見ているだけではピンときません。こういう秘められたスパイスは、パンフで解説されていますので、読み込むと味わいが変わるかもです。
意地でも「ドイツ」と「ポーランド」の言葉を発せず、紙に書いて行き先を告げるアブラハムは、旅が始まってすぐにスリに遭って無一文に。そんな彼を旅の途中で出会う異国の女たちが、次々と手助けしていきます。
見知らぬ人から予期せぬ親切を受けることって、国内の旅よりも海外の方が多い気がします。自分も枚挙にいとまがないほど世話になりました。
東アフリカのマラウイでは、車のエンジントラブルで動けなくなって途方にくれていたら、沿道の農家の人が「ゆっくりしていけばいい」と、庭先でお茶をふるまってもらったことがありましたっけ。
やくみつるの「シネマ小言主義」 ★88歳の“終活”_ロードムービー『家へ帰ろう』
2018.12.21 15:30
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週刊実話