中居に「死ね」とまで言っていたジャニー氏 一蓮托生の“親子関係”

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中居に「死ね」とまで言っていたジャニー氏 一蓮托生の“親子関係”

 緊急搬送報道が話題となっている、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川前社長。昭和時代のたのきんトリオ(田原俊彦、野村義男、近藤真彦)に始まり、シブがき隊や少年隊、光GENJI、平成のSMAP、TOKIO、KinKi Kids、嵐にKing & Princeほか、時代を代表するトップアイドルを量産し続けた功績は、言わずもがなだ。

 ここ10年位に入所・デビューした、小学生から20代のジャニーズJr.、タレントたちにとって、ジャニー氏は、「おごってくれる」、「怒らない」、「レッスン場にいる」、「優しい」おじいちゃんだという。ところが、80年代に入所した少年たちにとっては、「怖い社長」。日常的に、怒号が飛び交っていたようだ。

 所属タレントは全員、さながら我が子であることに変わりはない。出来の悪い子でも、決して見放さなかった。その恩恵を授かった一人が中居正広だと、テレビ番組の構成作家が言う。

「中居さんは野球少年。ケガを理由に続けられなくなった中学生の時、偶然テレビでキラキラアイドルを観て、『自分もなれる』と応募した自信家です。野球一辺倒で、アイドルのノウハウを知らなかった中居さんに、ジャニーさんはまず、『YOU、姿勢が悪いね』と矯正。猫背だった背中にハンガーを突っ込んで、独自すぎる方法で正したといいます。そのままダンスレッスンに参加させました」

 この頃からすでにリーダー気質を発揮していたのか、ジャニー氏は中居を目にかけた。SMAP時代はセールスポイントになった音痴も即座に見抜き、「YOUはホントに歌がヘタだね」と、やはり独自すぎる改善法を考案している。

 ジャニー氏はカスタネットを持ち、1度叩いて「YOU」、もう1度叩いて「YOU」というアナログな方法で覚えさせたのだ。「“YOU”のタイミングで歌うんだよ」と、マンツーマンで何時間も付き合ってくれたという。

 SMAPは88年に結成、91年にCDデビューした。当時は、森且行(オートレーサー)がいた6人組。メンバーそれぞれに、特色があった。草野球時代にキャプテンを経験していた中居には圧倒的な統率力があったため、リーダーにして、バラエティ担当。中居と同じく最年長の木村拓哉、森はセクシーでカッコいいビジュアル担当。

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