伝説のパチプロ集団「梁山泊」25年目の真実(3)いきなり蛍の光が流れて閉店

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伝説のパチプロ集団「梁山泊」25年目の真実(3)いきなり蛍の光が流れて閉店

 兵庫県内のパチンコホールもあらかた打ち尽くし、次に向かった先が大阪府。そこで一匹狼タイプのパチプロ・大野と知り合いました。私たちが連チャンさせている中に交じって、彼もドル箱を積んでいたのですが、どうも私たちとは、やり方が違うんです。

 彼はランプではなく、BGMでモード移行を看破していました。聞けば「目立たないように1日4万円ほど儲けたらヤメる」と。それで「合法的な攻略法だからこそ、堂々と一緒に打たないか? 信用のできる仲間を誘ってうちに来ないか?」と、声をかけました。

 その結果、大野を含む「大阪グループ」の4人が加わり、先乗りの偵察部隊の2人を交えて、総勢14人のパチプロ軍団「梁山泊」が結成されました。

 ちなみに「梁山泊」という名前は、それから数カ月後に私たちを取材してくれた出版社の編集長さんが名付けてくれました。最初から意図して攻略軍団を作ろうとしたわけではなく、自然発生的に生まれたところも「梁山泊」という名前は私たちにピッタリでした。

 こうして、ランプとBGMの2つの攻略方法を操るメンバーが出会ったことで団結力も芽生え、仲間割れをすることもなく、4年間をかけて全国制覇を成し遂げられました。

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 ただ、いくら合法的な攻略法とはいえ、店側は黙って見ているわけではなかった。当時のニュース番組で店員と乱闘寸前の映像が流れるなど、店側も抵抗していたのだ。

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 中には一人で60連チャン以上させても黙って打たせてくれるホールもありましたが、そうしたケースはマレでしたね。ほとんどのホールがさまざまな方法で嫌がらせをしてきました。

 台にライターなどを置いて客がいるように見せかけて座らせなかったり、いきなり蛍の光が流れて閉店したり。その日の売り上げを捨ててでも私たちに打たせないわけですから、敵ながらアッパレですよね(笑)。

 でも、私たちも黙って帰るわけではありません。偵察部隊が春一番の台数や稼働率、従業員の人数やサービスぶり、ホールの雰囲気など、事前に下見をしていましたので、すぐに他のホールへ移動して稼いでいました。

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