天才テリー伊藤対談「横浜銀蝿40th」(2)どうして「銀蝿」をバンド名にしたの

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天才テリー伊藤対談「横浜銀蝿40th」(2)どうして「銀蝿」をバンド名にしたの

テリー そんな不良たちがどうしてバンドをやることになったの。

 いや、あの頃に音楽やっているのは基本、不良じゃないですか。きっかけは高校でJohnnyと出会ったことですね。あいつがいきなり「俺、Johnny。ロックンロールやらない?」みたいな感じで誘ってきて。

テリー え、バンドやる前からJohnnyを名乗っていたんだ?

 そうなんですよ。そんな出会いって、普通「こいつ、頭おかしいのかな」と思いますよね(笑)。でも、何か俺と同じ匂いがしたのでそこから2人でバンドを始めたんですよ。当時テレビ神奈川主催の音楽コンテストがあって、「決勝大会まで行ったらテレビに出られるぞ」ってJohnnyにあおられたので、ベースとドラムを急きょ募集して猛練習して。

テリー フフフ、きっかけはテレビに出たいからか。

 やっぱり目立ちたいというのがありまして(笑)。でも、「これでいいのか高校生」っていう俺とJohnnyのオリジナル曲で、本当に決勝大会まで行きましたからね。

テリー それはすごいね!バンド名はその頃から「横浜銀蝿」?

 いえ、最初のドラムが脱退して、俺が入った時に「銀蝿」に改名して。

テリー あれ、「横浜」は最初なかったんだ。

 そうなんですよ。でも暴走族って、チーム名の前に地元の地名をよく入れているじゃないですか。それにならって、あとで加えたんですよ。

テリー みんなが嫌悪感を持つ「銀蝿」をバンド名に入れるなんてすごいよね。当時感心したんだけど、どんな理由で?

 これが実に単純なんですよ。

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