天才テリー伊藤対談「伊藤銀次」(2)大滝詠一さんとの出会いは大きいね

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天才テリー伊藤対談「伊藤銀次」(2)大滝詠一さんとの出会いは大きいね

テリー その頃から将来はミュージシャンになろうと決めていましたか。

銀次 もちろん憧れはあったんですが、高1の頃にはずっとアマチュアでいようと思っていました。

テリー えっ、そりゃまたどうして。

銀次 ザ・スパイダースやザ・タイガースみたいなグループサウンズ(GS)のバンドは、ライブでは海外のビート・バンドみたいなサウンドを演奏していたのに彼らのヒット曲ってどれも湿っぽい曲なんです。そういう方向の音楽性でないと日本では受けない、でも自分はもっと激しいロックがやりたい。だったら、プロは目指さなくてもいいなと。

テリー そういうことを高1で考えるなんて、早熟すぎますよ。

銀次 でも69年に「ウッドストック」があったり、ニューロック・ブームが起こったのをきっかけに「GSや歌謡曲じゃない、新しい音楽の世界が作れる」と若気の至りで思い込んじゃいまして、大学を辞めてセミプロみたいな感じになるんです。

テリー そこから東京に出て、大滝さんと会うことになるんですか。

銀次 そうです。その頃は「ごまのはえ」というバンドでレコードデビューをしていたんですが、まだまだ自分たちの音をどう作っていけばいいかわからなかったんです。その頃、いちばん海外のバンドに近い音を出していたのが「はっぴいえんど」で、そのメンバーだった大滝さんにダメもとでお願いしたら、わざわざ地元の大阪までライブを見に来てくれて、「東京に出てくるなら(プロデュースを)やってもいいよ」と。

テリー バンドとしても一大決心ですよね。

銀次 はい。そういう意味でも、僕の本当のスタートは大滝さんとの出会いからです。もっとも、あれこれあってバンドはほどなくして解散しちゃうんですが。

テリー でも、東京では達郎さんとの出会いもありましたしね。

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