滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」の伝説【その3】

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滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」の伝説【その3】

毛利軍によって滅亡に追い込まれた戦国大名尼子家。今回は【その2】に引き続き、「山陰の麒麟児」と謳われ、尼子家の再興と打倒・毛利に生涯を捧げた男、「山中幸盛」の伝説をご紹介する。

前回の記事

滅亡した主家再興に生涯を捧げ”山陰の麒麟児”と呼ばれた武将「山中幸盛」の伝説【その2】

尼子家再興へ「第二次尼子家再興運動」

尾高城からの脱出に成功した幸盛は、月山富田城の東に位置する因幡国(現在の鳥取県周辺)に狙いを定める。

1573年、散り散りになった尼子再興軍を結集し、瀬戸内海の海賊「村上武吉」や、その同盟関係にあった「牧尚春」と手を組み日本海沿岸の城「桐山城」を攻略して拠点とする。

再興軍は尼子家と同じくお家再興を悲願とする「山名豊国」と共に諸城を落とし、「鳥取城」を手中に収めた。幸盛は「私部城」に入城。再興軍の拠点とした。この時点の再興軍の勢力は3000余りであったという。

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