戦国時代の天下人・豊臣秀吉を支えた5人の大名「五大老」たちの明暗【後編】

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戦国時代の天下人・豊臣秀吉を支えた5人の大名「五大老」たちの明暗【後編】

豊臣秀吉政権下で政務の中心をになった「五大老」は、秀吉亡き後、大名同士の権力争いと共に瓦解した。五大老に名を連ねた五つの名家は、関ヶ原の大戦の末に大きくその明暗を分けることとなる。

前回の記事

戦国時代の天下人・豊臣秀吉を支えた5人の大名「五大老」たちの明暗【前編】

「五大老」それぞれの運命

五大老に列席した五つの大名家の関ヶ原以降のありようをみていきたい。

関ヶ原合戦図屏風(Wikipediaより)

徳川家

関ヶ原の戦いで「東軍」の総大将となった家康は、大戦に勝利したことで実質的な日本の支配権を手に入れた。1603年に江戸幕府を開府。1615年、大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると名実ともに天下を統一した。以後、幕府の将軍職は15代に渡り徳川宗家の世襲制となり、265年間に及ぶ江戸時代を完成させた。

前田家

関ヶ原の戦いの直前、利家から家督を譲られていた利長は、徳川家に実母を人質に送ることで家康の信任を得ることに成功した。

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