戦国時代において巧みな戦術を駆使して戦ったとされる軍師「竹中半兵衛重治(たけなかはんべえしげはる)」。【後編】では秀吉の家臣となった後の逸話をご紹介する。
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半兵衛は秀吉の元で与力として尽力したという。1570年前後から近隣諸国による信長包囲網が本格化すると、一時的に近江の浅井家に身を置いていた経験から調略活動で成果を上げた。
中でも、近江家の家老「樋口直房」は近江時代の半兵衛と親交があったとされ、半兵衛の調略によって織田方に寝返っている。
黒田官兵衛との絆1578年。信長が重用していた家臣「荒木村重」が反旗を翻し、居城である有岡城に籠城するという事件が起こる(有岡城の戦い)。信長は村重と親しかった「黒田孝高(官兵衛)」を使者として説得を試みるが、村重は官兵衛を監禁し翻意を拒絶する。