長時間労働に加えて休日出勤は当たり前。
いまや教師はすっかり「ブラック労働」で知られるようになってしまった。
ただ、そのブラック労働の中身については「業務量の多さ」ばかりが注目されるが、本当に注目すべきは教師の仕事の「質の変化」なのかもしれない。
学校と教師の仕事がかかえている質的な問題とは何か。(中略)この問題が厄介なのは、そこに誰も反論することのできないような「正論」が展開されていることだ。(p.12)
教師として高校教育の現場を長く見てきた喜入克氏は、著書『教師の仕事がブラック化する本当の理由』(草思社刊)で、教育現場で共有される「正論」こそが、教師の労働のブラック化の背景にあると指摘している。
正論があるのであれば、それに従って教育をすればいいのではないかと思えるが、話はそう単純ではない。
ここでいう「正論」とは、世の中が暗に学校や教師に期待していること、とも言いかえられるだろう。その一つが“「子どもの命」を守る教育が学校教育の最高の価値である”というもの。つまり、学校では子どもの命を守る教育が最優先である、ということだ。これは子どもに対する校長講話でも話されるトピックであると同時に、校長から教師への訓示でも語られる。
まさしく正論だ。異議がある教師はいないだろうし、一般的な価値観も同様だろう。しかし、この正論が現場を苦しめ、混乱させてしまっている。
「子どもの命を守る」ことが最優先となった教育のあらわれとして、私たちが目にするのは「危険な遊具の撤去」や「臨海学校の中止」といったものだろう。これは、子どもの命を守る、という正論が、危険はあらかじめ排除してしまおうという方向に働いた一例だ。そこでは遊具で遊ぶことや臨海学校の教育的側面は考慮されない。子どもの命の価値が突出して、それ以外の教育的価値が切り捨てられてしまっているのだ。