極上のメロディーセンスと、予測不能なライブパフォーマンスを見せた不世出のシンガーソングライター・尾崎豊。92年の突然の死から没後30年目となるが、その楽曲は今なお、世代を問わずスタンダードに君臨する。あまりにも短く、されど誰よりも激烈だった尾崎の生涯を、貴重な証言で振り返る。
5月8日、東京・新大久保にある「居酒屋カンちゃん」は多くの客でごった返していた。元プロレスラーのキラー・カンが経営する居酒屋であり、各紙で「5月22日に閉店」と報じられたため、別れを惜しむ地元の常連やプロレスファンが詰めかけたのである。
さらに、そこに交じっていたのは、92年4月25日に26歳の若さで世を去った尾崎豊のファンたちだった。なぜ「闘うモンゴリアン」のギミックで海外でも活躍したカンの店に、尾崎ファンが「聖地」として巡礼するのか─。
忙しい合間を縫って、カン自身が答えた。
「もともとは89年に西武新宿線の中井駅近くにカラオケスナックとしてオープンしたんだよ。そこに外車のディーラーの人に『こっち、尾崎豊さん。ロック界のすごい人なんだよ』と紹介されたけど、俺は日本にあんまりいなかったし、知らなかったんだよ」
尾崎とスナックは場違いに見えるが、アットホームな雰囲気が気に入って、多い時は月に2度ほど訪れたという。ある日、1人で早くにやって来た尾崎はこんなリクエストをする。
「何かお腹にたまるものをと言われて『ウチは居酒屋じゃないからなあ。