尾崎豊「没後30年目の新証言」(6)ユカイが見た「幽鬼」の表情

| Asagei Biz
尾崎豊「没後30年目の新証言」(6)ユカイが見た「幽鬼」の表情

 ユカイは「レッド・ウォーリアーズ」でのデビューこそ尾崎に2年半ほど遅れたが、年齢もミュージシャンとしてのキャリアも上である。

「なんだかロック、ロックとはしゃいでいたけど、僕らには『ニューミュージックの延長』にしか思えなかった。彼は海外のロックを勉強する間もなく、早くにデビューしちゃったんだよな。彼はオーディション出身だけど、俺たちはライブハウスからの叩き上げ。そのためか、俺に『ロックを教えてください』と言ってきたこともあったね」
 
 87年8月3日、尾崎は大阪球場での2度目のライブを開催する。たまたま大阪にいたユカイは、一度ライブを見ようかという気になった。

「正直、曲に関しては年齢の差もあるから、それほど期待はしていなかった。ところが、ライブが始まって、何だろうな‥‥びっくりしたんだよ」

 それは、尾崎自身の「放熱」に対してだった。

「ステージからものすごくエネルギーが届いてくる。そうか、尾崎ってこれだったんだ! CDではわからなかったけど、このエネルギーだったんだ! ピンポイントで自分がいる席に向かって、ブワーッと噴射されてくるんだよ」

 ユカイはここで初めて「尾崎豊そのもの」を認識したという。やがて事務所も別になり、尾崎と会うこともなくなっていたある日、偶然にスポーツジムで再会する。それは92年、尾崎が亡くなる数週間前のことだったと、ユカイは記憶する。

「あれだけ太ったり痩せたりを繰り返していた尾崎が、最後に会った時は痩せているだけでなく『あれ? あの熱かった尾崎がこんなになっちゃったの?』と拍子抜けしたくらい。ものすごく大人びていたんだよ」

 事務所を独立し、結婚して長男も生まれた後だけに、大人びて見えるのは不思議ではない。ただ、それだけではない「引っかかり」を感じたのだ。

「たとえて言うなら『あしたのジョー』の力石徹みたいだった。

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