僕は、16歳の頃から読者モデルの仕事をしていたんですが、本格的に映画の世界に足を踏み入れたのは、20歳のときに出演させてもらった『ぷるぷる 天使的休日』でした。正直、俳優志望ではなかったんですが、初めて撮影現場に触れて“これは、ただごとじゃない”って子ども心に思ったんです。大の大人たちが真剣に真っ向からぶつかり合っていてね。そこでキャメラマンの柳島克己さんをはじめとする大御所中の大御所とご一緒させてもらって。皆さんに怒られたり褒められたりする中で“あぁ、映画俳優って仕事は、一生できるな”と、思ったんです。直感でした。
それから今日まで30年ほど映画俳優の仕事を続けさせてもらってますが、何回か「うねり」の時期があったんです。最初の「うねり」は23歳。子どもができたときです。ある日、ショーン・ペン主演の映画『デッドマン・ウォーキング』を観ていて。死刑囚とカトリックのシスターの心の交流を描いた作品なんですが、脇で子どもが寝ていまして。その穏やかな寝顔を見ていたら思い立って、事務所の社長に電話したんです。「今後はレイプ、殺人、血、ピストル。そういう物騒なものが出てくる作品には出ません」って。
俳優がそんなことを言ったら仕事なんて入ってこないと分かってたけど、子どもの寝顔に感化された僕はある意味、純粋で純朴で。今思えば、常軌を逸していると思うんだけどね(笑)。
この電話の後に来た仕事が『ナビィの恋』。沖縄を舞台にした、昔の恋に想いを巡らす老婆を描いたハートウォーミングな作品で、今言った条件をすべてクリアしていた。僕にとって本当に大事な作品です。
■僕自身は人から信用されるために、嘘をつかないことを心がけています
次に来た「うねり」が『新・仁義なき戦い。』でした。このとき、完成披露試写会の席で、ある記者の方が「村上さんは今回、大抜擢されましたが……」と言ったんです。そうしたら、阪本順治監督が「『ナビィの恋』で主演を務められている村上さんに対して、大抜擢とは君の勉強不足だ」っておっしゃってくれたんです。つまり、僕も映画も守ってくれた。阪本監督のそのひと言は「信用できる監督だな」と強く思わせてくれました。