「描きたいもんを描くために、これからしばらく生活費入れへんわ」漫画家・カンバラノリオ「遊んで生きる」人間力

| 日刊大衆
カンバラノリオ(撮影・弦巻勝)

 1993年の12月、僕は大阪北新地のファストフード店で朝の4時までバイトした後、その足で梅田のウィンズまで有馬記念の馬券を買いに行きました。

 骨折で1年間の長期休養を終えたトウカイテイオーに、田原成貴騎手が乗ったんです。寒さに震えながら、財布を見ると1万円札が3枚。田原騎手が何かのインタビューで言っていた「あの馬は奇跡を起こせると思うんだよ」という言葉を信じて、トウカイテイオーの単勝を1万円、残りで馬連を購入しました。

 ところが、家に帰るなり熱を出して寝込んじゃって、テレビから流れるファンファーレで目が覚めました。「行けーーッ!!」とこたつの中で叫んだ声は熱でかすれていたけど、僕はマンガをやるために東京へ行く資金を手に入れることができたんです。翌年の4月、上京した僕は公園でテント生活しながら図書館でマンガを描いたり、不審者に間違われそうになって「こりゃあ、いったん大阪に帰るしかないかな」と思いながらパチンコをしていたら、中学時代の悪友とバッタリ会って、彼が妻と暮らす家に転がり込んだり、悪友夫婦が離婚したので一人暮らしを始めたり、マンガ雑誌の賞を取ったり、持ち込んでも、持ち込んでも、うまくいかなかったり、結婚したり、子どもが生まれたりしているうちに、今年で50歳になります。

 僕のマンガ家人生は、けっして順風満帆ではありませんでした。

 10年ほど前のあるとき、僕は仕事という仕事が全部終わってしまいました。もちろん、次の予定もない。そこで妻に「描きたいもんを描くために、これからしばらく生活費入れへんわ」と、宣言しました。

■あるとき、僕は面白そうなストーリーを思いつきました

 うちは夫婦でマンガ家なんですけど、当時、妻が連載を持っていたからなんとかなるだろう、と。僕が子育てと家事をやって、妻がマンガを描いて……という生活を送っていた頃、尊敬するマンガ家の福本伸行さんと知り合って、なぜか、しょっちゅうゴルフに行くような関係になったんです。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
カルチャー