徳川四天王・榊原康政の旗印「無」に込められた意味は?その公正無私な生き様を見よ【どうする家康】

| Japaaan
徳川四天王・榊原康政の旗印「無」に込められた意味は?その公正無私な生き様を見よ【どうする家康】

酒井榊原井伊本多……徳川家康(とくがわ いえやす)の覇業を支えた忠臣たちの中でも、特に抜きん出た徳川四天王

酒井忠次(さかい ただつぐ) 榊原康政(さかきばら やすまさ) 井伊直政(いい なおまさ) 本多忠勝(ほんだ ただかつ)

その一人である榊原康政は、戦場において「無」の旗印を用いたと伝わります。

「無(変体字)」の旗印。重文「榊原康政像」東京国立博物館蔵

無と聞くと、良くも悪くも底知れないイメージを抱きますが、果たしてどんな由来や意味があるのでしょうか。

康政の旗印を定めた史料が見当たらないため、真相については今後の究明が俟たれるところです。

しかしあくまで仮説ながら、康政の思想や生き様にそのヒントがあるのかも知れません。そこで今回は、こんなエピソードを紹介したいと思います。

「殺すならば殺しなされ」

七郎右衛門長政の子、小平太と称す。後従四位下に叙し、侍従兼式部太輔に任ず、館林十万石に封ぜらる。慶長十一年五月十四日卒、年五十九。

※『名将言行録』巻之五十五○榊原康政

家康の嫡男・岡崎三郎信康(おかざき さぶろうのぶやす。

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