思想弾圧の時代
【前編】では、京都帝国大学の設立と各学部の設置など、大学の基礎ができあがっていく過程を追いました。
さて、昭和に入ると思想関係への締め付けが強化され、京都大学でも弾圧事件が起きます。
昭和3(1928)年、水野錬太郎文部大臣は秘密裏に大学総長を招集し、「左傾」教授の追放を命じました。
これを受け、京都帝国大学では当時の総長がマルクス経済学者でもあった経済学部教授・河上肇に辞職を命じます。
経済学部の教授会も河上の自発的辞職を要求する決議を採択し、河上は追いやられるように辞職することになりました。