8万vs8千の軍勢
【前編】では、1545年の今川義元による侵攻と歩調を合わせて、北条氏康が東西から挟み撃ちにされたところまでを見ていきました。
氏康は今川の方と和睦しますが、次は東の河越城を奪還しなければなりません。これが、戦国時代の「三大奇襲作戦」と呼ばれる河越夜戦へとつながっていきます。
1545年10月に河越城を包囲した軍勢は約8万。関東管領である山内上杉氏(上杉憲政)、扇谷上杉氏(上杉朝定)に、古河公方である足利晴氏や、他にも関東の諸大名が加わって、このような大軍に膨れ上がっていたのです。