細川晴元との戦い再び
【前編】では、三好長慶が受け継いだ父の代からの因縁や、十代にして細川晴元のもとで名を上げていった経緯を解説しました。
さて、細川晴元と一向一揆の和睦を進めた三好氏ですが、それで細川との立場が逆転したわけではありません。結局は管領である晴元に従わなければならない立場で、長慶も晴元の配下の人間として働きます。
とはいえ、晴元と一向一揆の和睦を成立させた実績もあり、長慶は摂津西半国守護代の地位を与えられます。このことによって堺へ進出することが可能になり、長慶は弟たちに阿波を任せながら勢力を広げていきました。
そんな彼ですが、やはりいつまでも晴元のもとには留まりませんでした。1548年、長慶は、三好氏の一人である三好政長と対立します。