織田信長の遺体消失とその行方について。実はあの人が持ち出していた…?

| Japaaan
織田信長の遺体消失とその行方について。実はあの人が持ち出していた…?

遺体はどこへ行った?

1582年の本能寺の変で、織田信長が死去したことはご存知の通りですが、その信長の遺体がどこへ行ったのかについては、諸説あり定まっていません。

かつての本能寺跡の石碑

例えばルイス・フロイスの『日本史』では、毛髪一本残さず完全に灰になったと記されています。しかし、後年に尾瀬甫庵が記した『信長記』や『東大記』では、遺体が完全に焼失したのも不自然なので、光秀が不審に思って探したと書かれています。

かと思えば、『林鐘談』には、光秀が瓜の紋の付いた小袖の焼け残りと、それを身に着けた遺体を見つけて「これが信長の遺体だ」と全軍に見せつけたともあります。

しかし現在も遺体は行方不明のままとされているので、少なくともこの時に光秀が見出した遺体というのは、当時から本物だとは信じられていなかったのかも知れません。

このように、信長の遺体のありかについてはさまざまな説があるのですが、その中で注目すべきものは、阿弥陀寺『信長公阿弥陀寺由緒之記録』という古文書です。

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