古来「どんぐりの背比べ」とはよく言ったもので、傍から見ている分には「しょうもないことで争っているな」と思えます。しかし争っている当人たちにしてみれば、その1ミリ2ミリこそが死活問題なのです。
そんな心情は古今東西変わらぬもので、今回は平安時代に活躍した公家・藤原伊房(ふじわらの これふさ)のエピソードを紹介。果たして彼は、何をやらかしてくれるのでしょうか?
時は応徳3年(1086年)、白河天皇(しらかわてんのう。第72代)の勅命によって完成した勅撰和歌集『後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)』。
撰者は藤原通俊(みちとし)、実に1218首の和歌が選び抜かれたと言います。
さて、いよいよ清書する段になって、その役には伊房が指名されました。彼は能書家として知られた藤原行成(ゆきなり/こうぜい)の孫で、祖父の名に恥じぬ名筆だったのです。
藤原伊房の筆と伝わる『藍紙本万葉集』。洗練された筆遣いに美的センスが感じられる(画像:Wikipedia)
勅撰和歌集の清書を仰せつかるとは、この上なく名誉なこと。格調高く、気品ある筆を存分に奮おうとした伊房でしたが……。