「高校3年、夏の大会の3回戦。私の野球人生が終わった日に、顧問から言われた『ごめん』の理由」(神奈川県・30代男性)

| Jタウンネット
「高校3年、夏の大会の3回戦。私の野球人生が終わった日に、顧問から言われた『ごめん』の理由」(神奈川県・30代男性)

シリーズ読者投稿~あの時、あなたに出会えなければ~ 投稿者:Iさん(神奈川県・30代男性)

Iさんは中学生時代に野球をはじめ、高校でも野球部に入部した。

やってみたかったのはピッチャー。しかし、顧問からは別のポジションを任されて......。

<Iさんの体験談>

もう15年前の話です。高校に進学し、中学からやっていた野球部に入部しました。

中学の頃のポジションは外野。成績も目立たずレギュラーになったりならなかったり......。だから、高校ではやりたいポジションにトライしてみようと思っていました。

「キャッチャーやってくれ」

なりたかったのは、ピッチャーです。しかし、顧問のT先生にこう言われました。

「キャッチャーが1人もいないからやってくれ」

私はやったこともないキャッチャーをやる羽目になりました。

はじめは本当に、嫌で嫌で仕方がありませんでした。

中学野球は軟式ボールだったこともあり、硬式ボールが怖かったです。全力で投げてくるピッチャーの球を受ける度、手のひらがパンパンになったり、突き指をしたりしました。

目の前でブンブンとバットを振ってくるバッターのすぐ後ろに座ることや、バウンドボールを全身で受け止めたりすることから球に対する恐怖も生まれ、毎日どこかしらにアザやケガができる日々を送っていました。

それでも、チームメイトとの時間や、他にキャッチャーがいないため試合には出してもらえることから、毎日楽しく練習ができていました。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
社会