遣唐使の廃止と国風文化の発展は関係ない?「894(ハクシ)に戻す遣唐使」は現代の通説ではない【前編】

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遣唐使の廃止と国風文化の発展は関係ない?「894(ハクシ)に戻す遣唐使」は現代の通説ではない【前編】

遣唐使の廃止=国風文化?

平安時代のいわゆる国風文化については、次のように学校で習った、あるいはどこかで見聞きした情報として覚えている、という方も多いのではないでしょうか。

「遣唐使の廃止によって、中国からの文化の流入が途絶え、それをきっかけにして日本独自の文化、すなわち国風文化が生まれた」

これはもっともな説明なのですが、実はこの説には現在、研究者の間で疑念が持たれています。

平城京天平祭の遣唐使船

この説の疑わしい点は遣唐使は本当に廃止されたのか? 廃止されたとすればそれはいつからか? という二点です。

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「894(白紙)に戻す」の経緯

もともと遣唐使は、回数的にはそれほど多く行われていたわけではありません。

630(舒明2)年の第1回遣唐使(犬上御田鍬)に始まり、その後は中止となった3回を除くと、諸説ありますが教科書では18回派遣があったとしています。

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