天下人「豊臣秀吉」は跡取りに恵まれず、晩年に生まれた「豊臣秀頼」を溺愛したとされる。しかし、秀吉の実子に関しては様々な憶測や諸説が存在している。
今回は【前編】に続き、秀吉の実子にまつわる説を検証する。
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1589年、秀吉と側室「淀殿(よど)」の間に長男(秀吉の子としては次男)として誕生する。この時秀吉は53歳であり、石松丸が実子であると仮定した場合、15年前後の時を経て誕生した次男という事になる。
秀吉は鶴松を溺愛し後継者として期待したとされるが、鶴松は1591年頃から病に侵され同年のうちに死去。2歳という早世であった。