室町時代、足利義満に「皇位簒奪」の野心はなかった!?では義満の本当の野心とは何だったのか?

| Japaaan
室町時代、足利義満に「皇位簒奪」の野心はなかった!?では義満の本当の野心とは何だったのか?

「皇位簒奪」の野望は皆無

室町幕府3代将軍・足利義満が、室町時代の全盛期を作りあげたという点に間違いはありません。

何と言っても、京都と吉野(奈良)の南北に分裂した朝廷を統一し、不安定な政治状況に終止符を打った立役者です。

足利義満(Wikipediaより)

また外交では、中国(明)との貿易を日本国王の称号のもとに再開。一方、自身の権勢を知らしめるために建てられた金閣寺(鹿苑寺)は、それ自体が室町文化の象徴として今に伝わっています。

これらの業績のスケールの大きさから、義満は天皇の地位すら奪おうとしていたとする皇位(王権)簒奪説が一世を風靡したことがあります。

足利義満の容赦ない「皇位簒奪計画」…義満と天皇の権威の壮絶なるせめぎ合いとその結末【前編】

自らは譲位し、天皇を示す「太上天皇」の称号を得て、息子・義嗣を即位させる――。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
カルチャー