京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【後編】

| Japaaan
京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【後編】

京都の三条大橋を渡ったことがある人なら、橋のたもとにひとつの銅像を見たことがありますよね?皇居の方角に深く頭を下げる姿から「土下座像」と呼ばれています。

あれは高山彦九郎(1747年〈延享4年〉–1793年〈寛政5年〉)という人物の像です。

前編の記事↓

京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【前編】

【後編】は、彦九郎の各地での人々の出会いと交流について紹介していきたいと思います。

各地での交流

京都では公卿の伏原宣條や岩倉具選と交わり、芝山持豊から和歌の添削を受けています。米沢では上杉鷹山に請われ、藩校興譲館で講話を行いました。仙台では林子平を訪ね、熊本では藩校時習館の若者たちと議論を重ねました。

江戸では杉田玄白や大槻玄沢、水戸では藤田幽谷らと交流し、尊皇の志を各地に伝えていきました。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
カルチャー