田沼批判の真相
江戸時代の政治家・田沼意次といえば賄賂政治の象徴のように語られることが多いですが、実際にはそのイメージはかなり誇張されています。
例えば「田沼が受け取った賄賂が日本の年間産米量を超えた年がある」という話もありますが、そんなのは実現不可能です。
数字そのものが誇張であり、失脚した人物が悪く語られる典型例といえます。
もし本当に巨額の賄賂を受けていたなら、田沼家の相良藩が貧乏藩のまま放置されるはずがありません。田沼家の生活は質素で、収賄の痕跡は見られませんでした。
田沼が倒れた最大の理由は、莫大な費用を投じた印旛沼干拓が未完成に終わったことで、これが批判の引き金になったのです。
そもそも田沼意次は、最初から幕閣内では浮いた存在でした。