[2月の総力特集「大手メディアが報じないニッポンの貧困問題」]

高学歴なのに生きていけない…「生活保護申請」最前線

生活保護費の受給日に区役所に並ぶ人々

 年々、増え続ける生活保護受給者数に歯止めをかけるため、これを対応する各地方自治体の市・区役所では水際で食い止めるべく厳しい対応が取られることもあったという。

 しかし、こうした対応は、2007年の「おにぎりを食べたかった」との書き残しを置き50代男性が餓死した北九州市の事件により、「本来、福祉の網にかけて救われるべき人を救っていない」との批判の声の高まりへと繋がった。

 以来、生活保護受給相談窓口現場では、「出来るだけ相談者に寄り添った対応を心掛けている」(大阪市の生活保護担当係長)という。結果、生活保護受給費は増え続け、今では一転、働けるのに働かないという生活保護受給者への批判の声が高まりつつある。

 では、実際に生活保護受給現場ではいったいどんな人が訪れ、どんな対応がなされているのか。私たちはあまりにもその実情を知らなさ過ぎる。今回、受給者数が全国ワーストワンで、市民の18人に1人が受給者だという大阪市の生活保護受給担当者に話を聞くことができた。同時に、筆者の知人(A氏・40代・無職)で生活保護受給相談を行いたいという人物に同行させてもらい、実際に役所に赴いて担当者がどんな対応をするのかを見てみた。

窓口対応は丁寧で、“三種の神器”があれば受給可能

「働けない理由を明確にして頂かなければ(生活保護受給は)難しいですね。もし、うつ病であると仰るなら、その診断書とか。お役所仕事で不快に感じられるかもしれませんが、どうかお許し下さい」

 大阪市の某区の男性生活保護受給担当者は、A氏の「数年前までサラリーマンとして働いていたが、うつ病により体調を崩し、以降、貯金を切り崩し生活してきたがもう限界だ」という申告に対し、こう丁寧に対応する。そして、「持ち家だと難しい。借家でも預貯金、証券などの資産が100万円以上あるとダメ」など、具体的数字を挙げる。車やバイクを持っていると生活保護受給は大阪市では現状難しいと説明した。

 筆者は他の受給者にも取材したが、こうした対応は大阪市各区、近隣の堺市、隣接する尼崎市でもほぼ同様のものだという。別の日にA氏が相談したとき、ひとりだけ態度が横柄で言葉遣いが居丈高な女性担当者がいたが、「今のあなたの現状よりも酷い人がいる。申し訳ないがもう少し頑張って。預貯金ゼロ、持ち家なし。精神疾患で働けないなどの要素があれば行政はあなたを見捨てない」と相談者への対応そのものは群を抜いて丁寧かつ親切だった。

 この言葉を裏読みすれば、「預貯金ゼロ、持ち家なし、精神疾患の診断書」の“生活保護受給の三種の神器”さえ揃えば生活保護受給も可能というわけだ。

 よく耳にする福祉に強い政党、公明党や共産党の議員の関与を匂わせても、職員の対応が変わることはなかった。ただ、「ああ、そうですか」と軽く流されただけだった。実際に同席しているとこれはまた対応が変わるのかもしれない。

 では、実際に生活保護受給相談に来る人たちとはどんな背景を背負っている人たちなのか。今回匿名での取材に応じてくれた大阪市の生活保護担当の職員(30代)はこう話す。

「実に様々です。刑務所や更生保護施設から出られてすぐの方もいれば、何がしかの病気で働けない方。最近では大学生が『就活かったるいので生活保護を』という話も聞いています。それこそ世の中にあるありとあらゆる職種の人たちが相談に訪れます。ただし皆さん全員が生活保護受給となるわけではありません。ハローワークをご紹介し就労機会に恵まれればもう生活保護の必要はありませんから」

 この話を聞く限りでは就職活動と並行して生活保護受給申請を行なおうという向きも少なくないようだ。

アラフォーの高学歴会社員や専業主婦も増えている

 実際、この職員の肌感覚では、かつてならば生活保護受給相談に訪れないであろう背景を背負った人たちが相談窓口にやってくるという。

「元医者、元弁護士、元1部上場企業勤務などの男性、そしてこういった職に就く男性と結婚していた女性です。女性の中には、それこそ国内、外資問わず元CAや元タレント、元アナといった華やかな職に就いていた人も少なくありません」(大阪市職員)

 こうした人たちの年代はアラフォー世代が多いという。何らかの犯罪に巻き込まれ資格剥奪を余儀なくされた元医者や弁護士を除き、元1部上場企業勤務などの男性にはほぼ似通った傾向が見受けられるという。

「高学歴で受給相談に来られる方の場合、有名大学を卒業後、新卒で入社。20代後半で結婚した後、企業側の早期退職の勧奨により退職した人が多いですね。もしくは中小零細企業に就職したが倒産、もしくは起業して失敗した人もいる。40代になって新たな仕事を探すこともできず、生活に行き詰まり生活保護受給相談に訪れるのです」(同)

 女性も同様だ。20代後半で結婚し、30代半ばにして結婚生活が破綻してしまったパターン性だ。専業主婦の生活が長いことから就職活動を行っても就労機会に恵まれず、何をしていいのかわからない。思い悩むうちに夫との関係がより険悪になり、離婚に至るというパターンだ。

「いくら有名大学卒でも40代の女性や、専業主婦経験が長く社会との接点が限られてきたという方への就労機会は、実際、難しいものがあるのでしょう。そうすると生活保護というセーフティネットに頼らざるを得ないのが現実です」(同)

 あまりにも福祉というセーフティネットへのハードルが高い社会も困りモノだ。だがあまりにもそのハードルが低い社会だと、富を得た者や努力して稼いでいる人たちの意欲を削ぐ社会となりかねない。欧米先進国も日本と同じ状況で、バランスを取ることは極めて難しい。それがはたして本当の資本主義社会なのか。何とも私たちは難しい選択を迫れている。

(取材・文/川村洋)

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