建造中止から一転空母になった戦艦
現代でこそ、大海原を征く艦隊の中核といえば空母だが、第二次世界大戦前夜は戦艦こそが海の覇王だった。空母はまだ生まれ立ての新しい艦種で、建造や運用も試行錯誤を繰り返しており、その立場も「戦艦部隊を支援する」ものに過ぎなかった。
何しろ当時は、航空機に積める爆弾や魚雷で戦艦が沈められる“はずがない”という定説が根付いており、実証もされていなかった頃。
「戦艦は無敵、戦艦は強い!」
とでもいうような、半ば信仰にも近い“常識”が海軍を支配していた。
だからこそ旧日本海軍は、「八八艦隊」と呼ばれる戦艦8隻・巡洋戦艦8隻の建造を推進した。長門型に代表される戦艦8隻と、金剛型の跡を継ぐような巡洋戦艦8隻が計画され……主に経済的な事情と、国際的な軍縮条約の影響により、中止された。
『長門』と『陸奥』は完成していたと見なされ、そのまま戦艦として就役することができた。が、戦艦『加賀』と姉妹艦の『土佐』は建造中止。巡洋戦艦『天城』とやはり姉妹艦の『赤城』は、空母への改造という形で船体の流用が決定した。
ところが関東大震災が発生し、『天城』が損傷して廃棄。代わりに空母へ転用されることになったのが、『加賀』だった。
(註:この戦艦『天城』と、のちに雲龍型航空母艦として完成し『艦これ』で現在開催中のイベントにも実装されている『天城』は、名前は同じでも別物。戦艦『天城』は1920年起工、空母『天城』は1942年起工)。
「鎧袖一触よ。心配いらないわ」
思わぬ運命を経て空母として完成した『加賀』は、第一航空戦隊――通称「一航戦」を『赤城』と編成した。
戦隊を組むのは通常同型の姉妹艦なのだが、『天城』は上記の事情で完成せず。『加賀』の妹『土佐』も標的艦とされ、有益なデータを残した上で海没した。
故に『加賀』と『赤城』はそれぞれ孤高の存在。だからこそ本来なら組むはずのなかった2隻が、奇しくも運命共同体として歩んでいくことになった。
2隻は実戦経験を充分に積んだベテランパイロットたち、一騎当千の荒鷲たちを多数乗せ、もし彼女たちが戦艦として完成していたら主砲を振りかざして戦ったかもしれない相手――敵戦艦を、ハワイ・真珠湾で空襲により撃滅。その後も一航戦、そして2隻を中核にした第一航空艦隊──。一航艦ならば、どんな敵も鎧袖一触と謳われるほど連戦連勝を続けた。
歴史上名高い逆転劇、ミッドウェー海戦において、『赤城』と共に一瞬で打ちのめされるまでは……。
「五航戦の子なんかと一緒にしないで」
以上の歴史を踏まえてか、『艦隊これくしょん -艦これ-』での『加賀』はクールで無口ながら自信家。それでいて『赤城』にだけは特別な絆を感じているキャラクターとして描かれているように見える。
新鋭空母『翔鶴』『瑞鶴』で編成された五航戦──第五航空戦隊を見下すようなセリフがあるのも、史実において一航戦の搭乗員たちがまだ未熟な五航戦のパイロットたちを馬鹿にしていたというエピソードに由来すると思われる。
しかし歴史上、『加賀』『赤城』の跡を継ぎ、機動部隊再建の要として奮闘したのは『翔鶴』と『瑞鶴』。『艦これ』で再会した五航戦、その成長した姿を、『加賀』が認める日がいつか来るのだろうか。
(取材・文/秋月ひろ)