いわゆる「イスラム国」の、あの黒覆面男(通称「ジハーディ・ジョン」)の身元が判明したと各メディアが報じた。正体はイギリス人のモハメド・エムワジだという。
時事通信はおもな経歴をこう伝えている。
《クウェート生まれで27歳前後のエムワジ容疑者は、ロンドン西部の中流家庭育ち。市内のウェストミンスター大学でコンピュータープログラムを学び2009年に卒業した。》
《しゃれた服装を好む一方、イスラムの信仰を固持し、モスク(イスラム礼拝所)にも通った。09年5月にタンザニアに行こうとしたところ、到着時に拘束され国外退去処分を受けた。その後も、ソマリアに向かおうとしたとして英情報当局から追及を受けた。友人らの話では、この頃から過激思想に染まり始めた。12年ごろシリアに入り、イスラム国に加わったとされる。》
先日オバマ大統領は「教育を受けていない若者は、陰謀説や過激な思想の影響を受けやすい」と述べていたが、黒覆面の男のキャリアは正反対だったことになる。
このニュースを伝えるCNNのキャスターはこんなことを言っていた。「これまで言われていたテロリストの姿とは違う。裕福な家庭に育ち、大学まで行っている。これは大きな疑問」。
しかし、この疑問、どこかで聞いたことないだろうか。私には既視感がある。それは20年前のオウム真理教事件だ。あのとき、事件の衝撃とは別に、「なぜ、高学歴の若者がカルト教団に入信したのか?」とマスコミで繰り返し言われた。
誤解を恐れずに言えば、オウムの若者たちは極悪どころか元々は真面目な存在であることを当時20代の私はなんとなく感じていた。だからこそタチが悪いのだと。
最初は、自分たちがストイックに信じる価値・正義に没頭する。しかしそのうち「なぜ世間はこの素晴らしさをわかってくれないのだ?」というイライラが始まり、最終的には「自分以外はすべて馬鹿」という極論に豹変する。世の中に牙をむく。
オウム事件が起きた時、同じく若者だった私はこの青臭さと傲慢さにとても気恥ずかしさを覚えた。というのは、濃淡の差はあれど「もしかしたら自分も似たようなものかもしれない」と思ったからだ。むき出しの自意識を見せつけられ、バツの悪さを感じた。