マンガ社会学入門【1】いま、問われる「安楽死」―『ブラック・ジャック』で語られた「生と死」

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『ブラック・ジャック』で語られた「生と死」

マンガはただの娯楽ではない。社会を風刺し、誰もが親しめるツールを使って、社会に潜むさまざまな問題を浮き彫りにする極めて社会的な役割を持つ作品も少なくない。マンガを入り口にして、新たな価値観に出会う……。それもまた、立派な社会学ではないだろうか?

2014年11月、米国。脳腫瘍で余命半年と宣告された29歳の女性が、医師から処方された致死薬で死亡した。「安楽死」を選んだのである。自らの死亡日を事前に定め、YouTubeで病名などとともに発信していた。全米ではメディアに大きく報道され、日本のニュース番組などでも取り上げられたので、覚えのある方も多いだろう。

一方、日本においては、自身の「死に方」について、まだ十分に議論されていないと言われる。日本人の生死感、家族の想い、そして死と向き合う覚悟。さまざまな価値観が交錯し、決して「完全なる答え」が存在しない問題。
そんな「安楽死」という価値観を、いち早くマンガという形態で広く紹介したのが、“漫画の神様” 手塚治虫であった。


■ドクター・キリコに託した、死に対峙する者たちの切実さ

手塚治虫の代表作の1つ、『ブラック・ジャック』では、安楽死をテーマにしたエピソードがたびたび登場する。患者の延命を最優先するブラック・ジャックに相対する存在として、安楽死を提供する役回りを演じるのが、ドクター・キリコである。

キリコが初登場する第4巻「ふたりの黒い医者」。このタイトルには、安楽死をめぐる“答えの出ない暗闇”と、二人のアンビバレントな存在が凝縮されているといえよう。
交通事故のため全身不随となり、苦労する子供らのために死を選ぼうとする母親のもとに、ドクター・キリコが訪れる。同時に、子どもたちから手術を依頼されるブラック・ジャック。神の手と、悪魔の手、物語はその対決へと展開していく。

安楽死は一歩手前で阻止され、ブラック・ジャックは難解な手術を見事に成功させる。喜ぶ子どもたち。能動的な死の選択を、生への希望が打ち負かしたように見える……。
しかしここで、物語はハッピーエンドを迎えることはない。

直後に交通事故に遭い、親子ともども命を落としたのである。

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