蝶野が語る新日本「02年は一番会社が動いてなかった、いまの状況を考えると隔世の感がある」 (3/4ページ)
祥之に関しては、ZERO─ONEの最初の頃から「祥之には愛情があるのか? 人に頼りすぎるのはよくないぞ」って話をしてたの。だけど、橋本選手はやっぱりアイツがいないとなにもできないってことだった。で、05年の5月14日に東京ドーム大会があったから、俺の算段としては三銃士をリングに集めて、俺が引退を発表してもいいんじゃないかと思ってた。
――引退ですか。
蝶野 武藤さんはこの時、ロン・ウォーターマンとやったんだけど、橋本選手からはその日、連絡があって「会場近くまできたけど、取り立てのトラブルがまだ残ってて、今日リングに上がれねぇわ」と。で、翌月に会ったんですよ。そうしたら顔が真っ青で「心不全がひどくて、7月末ぐらいにカテーテルの手術をする」「ハッスルも祥之たちと取り合いになってるけど、8月末に改めて旗揚げしてやる。復帰までの映像も撮り溜めて、映画にできるといいな」とか、話しててね。「蝶野、協力してくれよ」ってことで、俺は 「わかったわかった」って言って別れた。だから7月に訃報が入った時は、あの時の顔色の悪さを、まず思い出してね……。
永島 ……。俺が最後に会ったのは、WJと対抗戦をやった時(03年12月14日、両国国技館)だったな。体調は悪かったけど、その時はまだ肩が悪いだけだった。憎めない、いいヤツだったよ。今日は蝶野に会えて嬉しかった。俺の退団から13年ぶりだもんな。今日のやりとりでもわかるように、バランス感覚もリーダーの素養もしっかり持っているのが蝶野。俺は、第2の蝶野がこの業界に出てくることを期待したいね。
※全文の一部分を抜粋。全編は本誌「逆説のプロレス vol.2」にてお楽しみください。
取材◎若瀬佐俊
徹底追跡、大特集。