一度は旅行で行ってみたい!? 独自の文化を発信し続ける「ジョグジャカルタ」 (3/3ページ)
■ ジョグジャカルタと日本

実はジョグジャカルタは、現代でも「絶対王政」を維持している。
新マタラム王国の系譜を持つジョグジャカルタ王国は、70年前のインドネシア独立戦争においてスカルノと連携していた。スカルノはこの戦争期に、ジョグジャカルタをインドネシア共和国の臨時首都に指定した。当時の国王ハメンクブウォノ9世は、のちにジョグジャカルタがオランダに占領されてしまうという苦難があったにもかからわずスカルノに協力し続けたのだ。
その貢献が認められ、ハメンクブウォノ9世は独立後にジョグジャカルタ特別州の知事に任命される。この知事職は世襲制だ。今現在は子息のハメンクブウォノ10世が継いでいる。
そして、王家は日本と深い交流を持っている。ジョグジャカルタ特別州は、京都府と姉妹都市関係にある。長い歴史を持ち、繊維産業が発展しているという共通点が両都市にあるのだ。そうした交流の中で、思いがけない「副産物」も生まれた。
ジョグジャカルタ王室のグスティー・プンバユン第1王女は、日本コナモン協会の後援を得て地元にたこ焼きチェーン店をオープンした。日本訪問を繰り返しているうちにたこ焼きの魅力を知り、ついに自前の店を主有するに至ったのだ。ジョグジャカルタの雇用創出のため、という思いもある。
日本人にとって、インドネシア観光はどうしてもバリ島ばかりを連想しがちだ。だが、インドネシアは途方もなく広い。ここは約300の民族が肩を寄せ合って住まう国である。各都市には必ず文化的な特色があり、同じものは一つとしてない。
そう、ここは「文化の源泉」なのだ。