「近代戦の先駆け」再注目されるフォークランド紛争 (3/3ページ)
現にその後、エグゾセミサイルは世界各国の軍隊がこぞって採用するようになった。
フォークランド以前の世界の兵器市場では、最新鋭の兵器はあまり出回らなかった。アメリカやソ連などの兵器開発国は、輸出先の国に対して常に「型落ち」のものを渡していた。まだ試験場の外から出たことがない最新兵器は、たとえ同盟国といえど譲るわけにはいかない。それが世界の常識だった。
だがフォークランド紛争は、その概念を180度変えてしまった。むしろ戦争当事国に最新兵器を渡してやれば、今後のバージョンアップに必要な実戦データが得られる。アルゼンチンの軍事政権と国民の暴走という思いがけないきっかけだったとはいえ、フォークランドは兵器開発国にとっての「巨大な試験場」でもあったのだ。
そしてもう一つ、戦争はまったく新しい側面を見せた。フォークランドでは両軍兵士合わせて900人ほどが戦死しているが、何とそれと同じだけの自殺者も出ているという。
無理もない。なぜならこの紛争、というより戦争は、ロンドンやブエノスアイレスが戦場になったわけではないからだ。
現代の帰還兵を狂わす最大の要因は、戦場と本国のギャップである。兵士たちが最前線で地獄を味わっている間も、ロンドンの一般市民はパブで一杯やっている。ブエノスアイレスの人々はワールドカップやコパ・アメリカの話に興じている。数日前まで奈落の底にいた帰還兵たちは、そうした「当たり前の日常」に適応できない。
シルヴェスター・スタローン主演の『ランボー』という映画があるが、これはそうした帰還兵の悲劇を描いた作品だ。フォークランド紛争も、数百人単位のランボーを生み出してしまったのである。
我々日本人にとっても、それは対岸の火事ではないはずだ。多くの人が心のどこかでそう考えているからこそ、冒頭の『The Farklands War』という番組がクローズアップされているのかもしれない。