【24時間テレビ】羽生結弦がアイスショーで魅せた「被災地復興」の心意気
![仮設住宅を回るなど、一貫して被災地に心を寄せる姿に賞賛の声も大きい](https://image.dailynewsonline.jp/media/8/4/8428a0de5b998697ff15c329e4f456e57b8eb183_w=666_h=329_t=r_hs=7c7bfcab3af6759188bceca3a70067c8.jpeg)
カナダ・トロントから数日前に帰国した、ソチ五輪・フィギュアスケート男子金メダリストの羽生結弦(20)。いつもならマスコミ陣が彼の動向を監視している。が、今回ばかりは違った。
「僕たちも羽生の動きを知りたいんだけど、帰国してからはずっと日テレがスケジュールを押さえていた。羽生君のお母さんがマネージャーとして仕切っていて、数週間から数か月に一度、1局だけが代表で数時間だけの取材許可を、やっとのことで取り付ける。そんなレベルの対応しか許されなかった。だから今回、日テレが数日間もスケジュールを押さえられるのは前代未聞なんです。相当お金を積んだか……」(スポーツ番組関係者)
●注目記事:「白髪」と「薄毛」を同時に解消!驚くほど漢方が有効だった
仮設住宅を回る羽生
羽生のスケジュールを押さえたのは他でもない、8月22日に放送された『24時間テレビ』(日テレ系)。そこで演じられる『被災地の想いを繋ぐ羽生結弦アイスショー』のチームだ。
「羽生のスケートが見られる!」
と、数週間前から話題になっていた。
ショーの前に流されたVTRでは、羽生の仮設住宅を回る姿が映された。
「まさかこんな所で会えるなんて!」
と黄色い声をあげるおばさまたちに、笑顔を見せながら震災後の辛かった思いを伝えた。
「被災地にまだいる人たちに対して本当に申し訳ないなと思った。自分だけが逃れていて本当にいいのかなって」
「オリンピックで金メダルを獲った後に、実際にはなにもできなかったなって。すごく後ろめたさがあった。こういう所にお邪魔させていただくことで、僕自身も救われている」
被災地に、東北に寄り添うような羽生の言葉は、皆の心を熱く打った。
震災当時は16歳だった羽生。
「海外で練習すれば金メダルも夢ではない」
といわれつつも、被災地となった地元・仙台を離れたくないという想いが強かったために、国内でトレーニングを続けた経緯があるのだ。
オリンピックを目指すスケート選手が次々と海外へ飛び出していく中、他の選手とは異なるトレーニングの道を選んだにもかかわらず、ソチで悲願の金メダル。喜びを地元に伝えることができた。そんな羽生が24時間テレビの企画とはいえ、アイスショーを行うことは、大きな注目を惹きつけた。
今回演じられた1曲目は、
「震災直後の気持ちと重なる」
と、羽生自らが選んだ『天と地のレクイエム~東日本大震災で亡くなられた方への鎮魂歌~』。2曲目は被災した福島県南相馬市の少女コーラス隊が歌う『花になれ~決してあきらめなければ輝く明日がやってくる~』。
他のマスコミを一切遮断して全力をかけた羽生のスケートは、被災者たちだけではなく、見る者すべてに勇気を与えてくれた。
(取材・文/大伯飛鳥)