誰も知らなかった戦争体験『戦前慰留銃器』
戦後70年。
戦争の記憶は風化していき、戦争体験者の方も亡くなっていきます。
戦争の記憶を次世代につないでいくために、「誰も知らなかった戦争体験」をシリーズでご紹介させていただきます。
それぞれの体験、それぞれの記憶・・・。
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戦後、進駐軍の命令で、武装解除、慰留銃器(拳銃・ライフル・日本刀や銃剣など)は没収命令が出た。
だが、不安な社会情勢の中、そうした慰留銃器を隠し持つ人は多かったという。
新宿在住のMさん(40代)はこう語る。
「ウチの死んだ爺さんは、内緒で銃剣や鉄兜を棄てずにいたね。『弾なんかないんだから、拳銃は持ってても無駄だけど、これだけあれば大丈夫』と言っていた」
Mさんの祖父は満州で終戦を迎え、拳銃や装備を隠し持って復員したというが、最後まで銃剣は捨てられなかったのだろう。
「何十年と経ても、その銃剣はよく研がれていて油が注してあったね。子供の頃、『これで敵をやっつけたの?』なんて無邪気に聴いたけど、その質問には絶対答えてくれなかった」
さらに話を続ける。
「ひょっとするとあれは”使った”もので、戦後戦犯に問われたとき証拠に取られるかもしれないと自分で持っていたのかもしれないね」
戦後70年を経ても、戦前の慰留銃器が発見される事例はまだまだ多い。
平成25年度警視庁発表では押収拳銃471丁中、旧軍用拳銃は172丁。約3分の1が慰留銃器となっている。
※2014年4月、東京新宿で飲食店営業のMさん(当時40代)から聴いた、祖父の話。
(文:木之下秀彦)