【アニメ漫画キャラの魅力】自主性を重んじる完全無欠のお嬢様「神宮寺奏」の魅力とは?『極上生徒会』 (2/2ページ)
■自分の意志で決めたのなら・・・
第12話で明かされますが、奏は神宮寺家で自由のない生活を長らく送ってきました。それは何一つ自分の意志で決める事のできない、子供らしい夢すら持てない、とても窮屈な世界だったようです。それ故に、“自分で決めること”にこだわります。自分で創設した宮神学園も、自主性を全面に打ち出しています。悪い結果になるとわかっていても、自分で決めたのならそれで良しとして、全て受け止めるのです。極上生徒会の面々が様々な局面で選択していく事に対しても、寛大なことが多いです。
「矩継琴葉」が、神宮寺家から奏を追って宮神学園にやってきた御庭番だとわかっていても、琴葉が自分の意志で決めて来たのなら良いと不問で受け入れました(第16話)。「桜梅歩」がアイドルになりたいと言い出した時も止めませんでした(第20話)。奈々穂に至っては、自ら「自分で決めたことだから」と言って奏のそばにいます。“自分で決める事”を日常的にやっておかないと、実際に手痛い目に遭うことを分かっているからこそ、強く推進するのでしょう。
その一例が彼女のファッションセンス。第10話ではダサダサの水着姿を披露しています。おそらく自分で服を選んだ事がないから、こうなったのでしょう。私服姿のシーンもありますが、あれをどうやって選んだのか気になります・・・。しかしながら、そんなダメっぷりもまた、彼女の魅力なのかもしれません。
一見すると、ユルくてスキの多いお嬢様「神宮寺奏」。しかし、内情は身内の都合に翻弄される一人の女の子。作中ではあまり明らかにされていないことも多くありますが、そこがまたおもしろい人です。真相について奏に聞いても無駄なのでしょう。作中で奏が何度か口にするように、「さぁ、どうかしら?」とはぐらかされるのが関の山です。もっとも、それは見えない方が幸せなのかもしれません。
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★記者:ろっぷろっぷ(キャラペディア公式ライター)