【クルマを学ぶ】第二次世界大戦は「小型車戦争」 ジープとモータリゼーション (2/4ページ)
これを見て喜んだヒトラーと兵器局は、すぐさま量産命令を出す。すでに第二次大戦が始まった1940年の話だ。
意外なことだが、この1940年の時点でドイツ軍の輜重はなおも軍馬頼みだった。ドイツ本国から戦線に近い鉄道駅までは貨物列車が物資を運び、駅からは大型トラックが各師団の司令部か補給拠点まで赴く。そこから最前線までは、軍馬を使った輸送だ。車両もあったが、まだ数が足りない。
現代ではあり得ないことだが、第二次大戦初期の軍隊は重輸送より軽輸送のほうが移動速度が遅かったのだ。もちろん、それでは作戦行動に様々な支障が出てしまう。
だからこそ『キューベルワーゲン』は戦場で重宝されたのだ。
そしてこの様子を、1941年まで中立国だったアメリカがじっと見つめていた。
■ ジープの大量生産
当時、世界で最も高度なモータリゼーションを成し遂げていたアメリカだったが、軽輸送やその他の細かい任務に使える軍用小型車がないという悩みは他国と同じだった。
だからこそアメリカは、『キューベルワーゲン』以上の車両開発に着手した。しかもそれは四輪駆動車だ。我々現代人はその車両を、『ジープ』という名前で呼んでいる。

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大戦中に量産されたジープは数種類あるが、主たるものは2種類のみだ。ウィリスMBとフォードGPWである。この2種は細かい相違点はあるものの、その仕様はまったく同じである。当然、部品の互換も可能だ。
『ジープ』の生産ラインはフル稼働を命じられた。この辺り、圧倒的な物量を生かして敵国を押し潰すアメリカの姿がはっきり出ている。大戦期間を通した『キューベルワーゲン』の生産台数が5万台強に対し、『ジープ』のそれは何と65万台である。
もっとも、大戦後期になるとヒトラーは小型車の量産に力を入れなくなったという要素もある。