震災の爪痕いまだ癒えず...石巻市大川小学校の遺族が立ち上がった (3/3ページ)
石巻市教委は震災後の4月9日に開いた第一回目の説明会で、裏山に逃げなあった理由を「倒木があった」としたが、実際には倒木はない。6月4日の第2回目説明会では「倒木があったように見えた」と、説明を変えていた。また、2回目の説明会では遺族からの質問がまだあったにもかかわらず打ち切った。その後、報道側の取材に「遺族は納得した」旨の説明をしていた。
「このため、事実に向き合えなくなった貴族がたくさんいる。第2回目の説明会までの初期対応を検証すべきだ」(佐藤さん)
また、「山さ、逃げっぺ」と言っていた児童がいたとの証言がある。市教委もその児童の聞き取りをしているはずだが、聞き取りのメモは破棄されて、「市教委としては(その証言を)押えていない」とした上で、「子どもの記憶は変わるもの」として、市教委の報告書でも、のちに設置された第三者の検証委員会でも、事実として認められなかった。
さらに、その検証委でも、事務局と検証委員に親子関係の者がいたことの触れて、「これはおかしい。血縁関係は避けるべき。検証の妨げになっていた」と主張した。ちなみに、その事務局メンバーは、この有識者会議の委員でもあるが、この日は欠席した。
検証委の報告書では提言が24なされているものの、佐藤さんは「子どもや保護者の証言は検証に使われていないし、(なぜ避難が遅れたのか、なぜ避難する場所が三角地帯だったのかという)核心を明らかにできなかった。不十分な検証であり、大川小の事故を踏まえたものではない」と指摘した。
大川小の亡くなった児童74人54遺族のうち、23人の児童の19遺族が宮城県と石巻市に対して損害賠償を請求をしている。11月13日には、高宮検事裁判長が現地調査をする予定になっている。
両遺族とも、「言いたいこと、伝えたいことがまだある」などとして、ヒアリングの継続を要望したが、同会議の枠組みでは、実現は難しいと見られている。それにしても、こうした事後対応について、文科省は正面切って、検証がしきれていない。日和幼稚園は私立だからできないか。私学の自由といえども、命に関わる防災対策は、文科省が監督すべきではないか。また、大川小は、学校管理下では、最悪の事故だ。今からでも本格的な検証がなされるべきではないか。
※上写真は大川小遺族、下写真は日和幼稚園遺族。
Written Photo by 渋井哲也