マリー・アントワネットは「パンがないならお菓子を食べればいい」とは言ってないってほんと?
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歴史

歴史上のトンデモ人物として名高い「マリー・アントワネット」。貧窮にあえぐ国民をみて「パンがないなら、お菓子を食べれば良いのに」とピンボケ過ぎる発言で有名ですが、どうやら違うひとの言葉だったのはご存じでしょうか?
「パンがなければ、お菓子を食べれば」発言は、哲学者ルソーの著書「告白」に記された有名な話ですが、マリー・アントワネットが言ったとは書かれていない、まったくのヌレギヌ。
ただし浮き世離れしていたのは事実で、国民の反感を買っても特注の馬車に大量のワインを積んだ「セレブ仕様」の逃亡を図り、目立ち過ぎてあっけなく捕まる始末…。こんな行動の積み重ねが、非常識発言伝説の生みの親だったのです。
■国民をイラつかせたマリーの性格
オーストリアの王女として生まれたマリー・アントワネットは語学や音楽など高い教養を持つだけでなく、可憐(かれん)な容姿に無邪気な性格で、セレブ中のセレブと呼べる人物でした。14歳のときに政略結婚によりフランスのルイ皇太子のもとに嫁ぎ、やがてはフランス王女となった人物ですが、ご存じのようにギロチンで処刑されるに至ったのも、マリの「無邪気すぎる」性格が災いしたのです。
当時のフランスは、ルイ14世から継承された積極政策によって領土は拡大したものの、ガンバり過ぎた代償として国民はその日の食べ物にも困る状態。停滞ムードのフランスに現れたマリーは、その明るさから一躍人気者となりましたが、あっという間に人気は衰え、やがては大ブーイングの対象に……。セレブ過ぎる育ちから、まったくといえるほど金銭感覚がなかったため、浪費癖が国民の反感を買ったのです。2012年には、マリーのものとされる靴がオークションに出され、およそ700万円で落札されていることからも、高級品が好きだったことがうかがえます。
ただし、この話はかなり「盛られて」いるようで、戦費がかさみ財政を圧迫していたのも事実。ところが、困った状態が続くと「仮想敵」が生まれるのが世の常で、かっこうの的となったマリは「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない?」発言がもとで「国民的悪役」とされてしまいます。このセリフは哲学者ルソーの著書「告白」に記された有名なことばですが、じつは「マリが言った」とは書かれておらず、真相はヤミの中。それでもマリが言ったに違いない!と国民は激怒。このほかにも「マリならやりかねない」事件が重なり、ついには「打倒マリー!」と反乱になってしまったのでした。
■セレブすぎる逃亡生活
やがて身の危険を感じたマリは、生まれ故郷であるオーストリアへの亡命を決意します。ところが、状況が飲み込めていないのか生来ののんびり屋なのか、逃亡用の馬車を「特注」するという常識はずれの行動をとったのでした。
そのせいで出発が1ヶ月も遅れたのに、大量のワインを積み込み、道中で止まっては優雅な食事、と旅行?大名行列?な逃亡を開始。行くさきざきで「あれってマリじゃね?」とウワサが広がり、あっけなく捕まってしまうのでした。
伝記などではかなり盛られているのは確かですが、マリの性格から「やりかねない」と思われたのも事実。アイツなら言いそう!と悪いイメージが定着しないように、普段から言動には注意したほうがよさそうです。
■まとめ
・マリ・アントワネットは、オーストリアの王女
・14歳でルイ16世と結婚、フランスのアイドル的王女となったが…
・部類の「浪費家」として国民から大ブーイング
・「パンがなければ、お菓子を食べれば」と言いそうだが、じつは別人のセリフ
・特注の馬車で優雅に逃亡…あっという間に捕まり処刑されてしまった…
(関口 寿/ガリレオワークス)