知りたくなかった!? かの有名な「武田騎馬隊」は実際かなりしょぼかった! 「馬はポニー程度」「すぐバテる」 (2/2ページ)
再現テストをおこなったところ、わずか10分でバテてしまい、およそ1.5kmしか移動できなかったというデータもあるので、映画の合戦シーンは「盛りすぎ」。移動手段として使われていたのは事実でしょうが、さっそうと駆け抜ける騎馬兵、は「脚色」と呼ぶべきでしょう。
■「最強騎馬隊」はイメージ戦略?
なかでも有名な「武田騎馬隊」は、本当に活躍したのでしょうか? 在来馬の体力はもちろん時代背景を加味するとかなり怪しいで、小説やドラマほどの活躍はなかった、と考えるべきでしょう。
武田信玄が名将とされる理由のひとつとして「最強の騎馬隊」が有名ですが、当時はすでに「対・馬兵器」として斬馬刀(ざんばとう)が存在し、まず馬を攻撃、落馬した騎兵をフルボッコ作戦が定着していました。そのため騎馬兵は足軽(あしがる)を伴い、敵から馬を守るのが一般的でしたが、これでは持ち味であるスピードを活かすことはできません。
また、そんなに多くの馬はいなかったはず、という説もあります。もともと騎馬民族ではない日本人には馬を育てる、乗りこなすノウハウがなかったため、扱いに苦労したはずだからです。西洋では、軍馬を去勢(きょせい)するのが当たり前でしたが、これを知ったのは明治時代になってからで、気性が荒く振り落とされることも日常茶飯事。本格的な技術を学んだのは1800年代のことですから、当時にいたのは伝記の10分の1ぐらいとする説もあります。
装備を赤に統一した「赤備え(あかぞなえ)」と呼ばれる精鋭部隊を編成するなど、心理戦/情報戦に長けた武田軍だけに、「騎馬隊すげぇ!」のイメージが定着し、これが「無敵」「大軍」と発展した、と考えるべきでしょう。
■まとめ
・日本に西洋の馬が来たのは1700年代。徳川吉宗が輸入したと考えられている
・戦国時代には、ポニーサイズの在来馬しかいない
・フル装備の武士は100kgほどになり、在来馬が活躍できるのは10分程度
・武田騎馬隊は最強! は、イメージ戦略のたまもの
(関口 寿/ガリレオワークス)