酒を飲むイスラム教徒 「戒律」と「教条」の間で生きる

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酒を飲むイスラム教徒 「戒律」と「教条」の間で生きる

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イスラム教徒は、基本的に酒と豚肉は嗜まない。「基本的に」というのは、戒律を破って禁忌に手を出す人間が一定数いるということだ。

どんな世界でもそうだが、集団の中には必ずアウトサイダーがいる。そのアウトサイダーの数が全体の0.5パーセントだったとしても、それはすなわち1億人の中の50万人ということだ。無視できない大人数である。

そもそも、イスラム教徒も人間だ。人間には欲もあるし好奇心もある。「本当はいけないことだけど、ちょっとだけやってみようかな」という心理が働くのは当然だ。

それが本当に“ちょっとだけ”で収まるのか“どっぷり”になってしまうのかは、人それぞれである。真面目に戒律を守るか、時たまサボってみるか、その判断もまた個々の考えの問題である。

だがこう書くと、必ず怒り出す人がいる。しかもその人は、大抵の場合日本人だ。

「澤田は不謹慎なライターだ。イスラム教をまったく尊重していない。ダメなものはダメなんだ!」

子どもは物事を“いいこと”と“ダメなこと”に二分したがるが、どうも日本人はそういう思考の人が多い気がする。

ここで断言しよう。酒を嗜むイスラム教徒は、決して珍しくはない。

■ イスラム教徒の蒸留酒

ジャービル・イブン・ハイヤーンという人物を、皆さんはご存知だろうか。8世紀から9世紀にかけての、アッバース朝の科学者である。

ジャービルが科学史に残した足跡は、非常に大きい。

当時のイスラム世界というのは、世界の最先端を行く“科学地帯”で、理数系文化においてはキリスト世界のヨーロッパの遙か上をひた走っていた。

これは、ギリシャや古代ローマの文明を「異教徒のもの」として切り捨てていたキリスト教会と、それらをむしろ自分たちの知識として、積極的に取り込んでいたイスラム社会との違いである。

最先端科学の可能性に、夢を抱いていた一部のキリスト教徒たちは、故郷を捨ててまで、中近東へ留学の旅に出ていた。イスラム帝国は“憧れの都”だったのだ。

ジャービルはその生涯の中で様々な化合物を発見し、特定物質の抽出にも成功している。その業績の全てを書くことは、文字数が限られているこの記事内ではできない。

だが主たるものを一つ紹介すれば、ジャービルは蒸留の技術を確立させている。

アルコール度数の高い蒸留酒の大量生産は、ここから始まった。今でも中東地域では、蒸留酒『アラック』の製造法が先祖代々継承されている。これは古来から、酒に対する大きな需要があったという証拠である。

一方、飲酒が許されているはずのキリスト教世界が、本格的に蒸留酒生産に取り組んだのは、早く見積もっても15世紀からである。

その頃にはもうウィスキーの量産は始まっていたそうだが、いずれにせよキリスト教世界はイスラム教世界の背中を常に追っていたのは事実である。

■ オスマン朝は飲酒帝国

トルコという国は“寛容なイスラム教の国”として知られている。確かにトルコ料理にはよく『ラク』という酒がついてくるし、全身を黒い布で覆っている女性も少ない。

そもそもトルコは、オスマン帝国時代からそういう姿勢があった。ビザンツ帝国を滅ぼし、オスマン朝を栄光の只中に導いた第7代皇帝メフメト2世は、大酒飲みとしても知られている。

「彼はアルコール中毒患者だった」というのが、現代に伝わるメフメト2世の一般的なイメージだ。

そして酒を嗜んだ皇帝は彼一人ではないどころか、大半の歴代皇帝は酒を飲んでいた。タバコやコーヒーと共にアルコールを取り締まった、第17代皇帝ムラト4世などは、むしろ例外に属する人物である。

これらを鑑みると、“トルコは寛容なイスラム教の国”というよりは“イスラム教が寛容な宗教”という印象さえ受ける。

そして日本人は戒律主義と教条主義の違いを、あまり意識したことがないのではと思えてしまう。厳格な戒律があるから、人々はみんな教条的なのだという誤解が、我々日本人の中に存在する。

だがムラト4世がなぜ酒を取り締まったかというと、要は酒飲みのイスラム教徒が帝国の領土内にゴマンと存在したからだ。

■ ハリルホジッチの怒り

男子サッカー日本代表のヴァヒド・ハリルホジッチ監督は、ヘルツェゴヴィナ地方出身のイスラム教徒である。

ハリルホジッチ氏がアルジェリア代表の監督を務めていた時、記者会見でこんな質問をされた。

「イスラム教徒の選手たちは、断食を行うのでしょうか?」

これに対し、ハリルホジッチ氏は激怒した。宗教的な戒律に従うか従わないかは、あくまでも選手自身のプライベートの問題と切って捨てたのだ。

ハリルホジッチ氏はかつて、ボスニア紛争を経験し命を落としかけている。サッカーを愛し、カトリック信者や正教会信者ともプレーしてきた彼は、宗教戦争の愚かさをよく知っている。そして、宗教戦争の原因は人々が極度の教条主義に陥った結果だということも。

信仰の在り方は人それぞれだ。そこに他人の意見が介入する余地はない。そんな当たり前のことのために、ハリルホジッチ氏は声を荒げたのだ。

飲酒もまた然りである。飲みたい人が節度を持って楽しむのなら、そこに横槍は必要ない。世界16億のイスラム教徒の大半は、そう考えている。

そのような思考を許しているイスラム教は、やはり“寛容な宗教”なのだ。そしてこの点は、東京オリンピックを控えている、日本国民が意識するべきことではないのか。

我々日本人は「イスラム教徒だから」、「キリスト教徒だから」という視点で、特定の集団の人々を一様に捉えてしまう。

それは気遣いかもしれないが、同時に偏見や差別にもなり得る。

「価値観や生き方は世界人口の数だけ存在する」ということを常に心に留めておきながら、我々は5年後の光景を想像するべきではないのか。

そう、東京オリンピックまであまり時間はないのである。

【参考・画像】

※ 戒律の国・インドネシア 酒を楽しむ人増加(NHK)

※ アルジェリア代表ハリルホジッチ監督、ラマダンに関する質問に怒り(サッカーキング)

※ Jag_cz / Shutterstock

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