酒を飲むイスラム教徒 「戒律」と「教条」の間で生きる (1/3ページ)

FUTURUS

酒を飲むイスラム教徒 「戒律」と「教条」の間で生きる

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イスラム教徒は、基本的に酒と豚肉は嗜まない。「基本的に」というのは、戒律を破って禁忌に手を出す人間が一定数いるということだ。

どんな世界でもそうだが、集団の中には必ずアウトサイダーがいる。そのアウトサイダーの数が全体の0.5パーセントだったとしても、それはすなわち1億人の中の50万人ということだ。無視できない大人数である。

そもそも、イスラム教徒も人間だ。人間には欲もあるし好奇心もある。「本当はいけないことだけど、ちょっとだけやってみようかな」という心理が働くのは当然だ。

それが本当に“ちょっとだけ”で収まるのか“どっぷり”になってしまうのかは、人それぞれである。真面目に戒律を守るか、時たまサボってみるか、その判断もまた個々の考えの問題である。

だがこう書くと、必ず怒り出す人がいる。しかもその人は、大抵の場合日本人だ。

「澤田は不謹慎なライターだ。イスラム教をまったく尊重していない。ダメなものはダメなんだ!」

子どもは物事を“いいこと”と“ダメなこと”に二分したがるが、どうも日本人はそういう思考の人が多い気がする。

ここで断言しよう。酒を嗜むイスラム教徒は、決して珍しくはない。

■ イスラム教徒の蒸留酒

ジャービル・イブン・ハイヤーンという人物を、皆さんはご存知だろうか。8世紀から9世紀にかけての、アッバース朝の科学者である。

ジャービルが科学史に残した足跡は、非常に大きい。

当時のイスラム世界というのは、世界の最先端を行く“科学地帯”で、理数系文化においてはキリスト世界のヨーロッパの遙か上をひた走っていた。

これは、ギリシャや古代ローマの文明を「異教徒のもの」として切り捨てていたキリスト教会と、それらをむしろ自分たちの知識として、積極的に取り込んでいたイスラム社会との違いである。

最先端科学の可能性に、夢を抱いていた一部のキリスト教徒たちは、故郷を捨ててまで、中近東へ留学の旅に出ていた。イスラム帝国は“憧れの都”だったのだ。

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