反安保デモで名を上げた石田純一「実はワルかった伝説」|ほぼ週刊吉田豪 (1/2ページ)

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反安保デモで名を上げた石田純一「実はワルかった伝説」|ほぼ週刊吉田豪
反安保デモで名を上げた石田純一「実はワルかった伝説」|ほぼ週刊吉田豪

 せっかくなので石田純一『落ちこぼれのススメ』(00年/光進社)情報を、もうちょっと補足。この本、目次に「ワル」なんて項目があって、そこにはこんなことが書かれてるんですよ。

「目黒区で育ったというと、多分に山の手のお坊ちゃんと誤解されるが、母がしょっちゅう呼び出しをくらうようなワルだった。隣の中学へ行ってカツアゲをしたこともあれば、川崎までナイフと鎖を持ってけんかをしに行ったこともある。自慢になることではないが、自分たちは目黒区内ではいちばんけんかが強く、ワルだったと自負している」

 なんと中学生ながら「暴力では有名な学校の高校生」と闘い、「神奈川の海辺で木刀やビール瓶で叩きのめされて、まさに頭をかち割られた。ボコボコにされて、しまいに小便をかけられて、身をもって本物の暴力の怖さを知った」りもするんですが、名門都立高校入学と同時に暴力の世界を卒業。ちょうど学生運動の真っ只中だったのに、「野球部だけあって、あの高校の中ではもっとも右寄りの生徒」になっていくわけです。

 それなのに、バリケード封鎖された中で自主講義に参加して、「ヘルメットにタオルのマスクをした闘士」なんかの「さまざまな議論を聞いているうちに、右に偏っていた針が、左にもぶれるようになった。その闘士たちが口にする弁証法だとかマルクス、エンゲルスといった書物にもふれてみるようになる」ぐらい、彼は思いっきり影響されやすいタイプだったんですよ。

 さらには早稲田大学に入ると、「小学校から成城で育ったという正真正銘のおしゃれなお嬢さんでありながら、お兄さんの影響なのか、インドなどの精神世界に傾倒していて」「アレン・ギンズバーグやゲーリー・シュナイダー、カルロス・カスタネダ、ジャック・ケルアックなどといった詩人たちに、アメリカまでわざわざ会いに出かけるような」女子高生に惚れ込み、学生結婚。息子=いしだ壱成を産むとすぐに離婚するんですが、ヒッピーで反戦&反原発主義者だった彼女の影響を思いっきり受けて、石田純一もそっち側の人になっていった、と。

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