戦時中の手榴弾が今も大量放置されている、埼玉の川原に行ってみた (2/3ページ)
筆者は斜面を下りた。川原に広がっていたのは、まるで割れた頭蓋骨のような陶器のかけら群だった。

白い陶片もあれば茶色に輝くきれいな陶片もあるが、しょせんは土くれ。周辺の景色に溶け込んでいるとはいえ、この状態が戦後ずっと続いているとは――。


中洲を構成する陶片

せせらぎの下に埋もれた陶片
筆者に発見のヒントを与えてくれた4人家族は、泥だらけで発掘作業をしていた。彼らのお眼鏡にかなう品は一つも見つからなかったようで、倦怠気味のママと子どもたちは、無我夢中でスコップを握るパパに撤退を促していた。
この場所は何度か新聞などで取り上げられている。資産価値の出そうなものはもう残っていないと思われる。

遠くに治水橋が見える 製造期間は約1年
それにしてもなぜ陶器で手榴弾を造ろうとしたのだろう。