【商倫理と日本・前編】「商人道」はこうして敷かれた

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【商倫理と日本・前編】「商人道」はこうして敷かれた

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誤解を恐れずにいうと、「ビジネスというのは、詐欺と紙一重である。」

例えば1個50円で仕入れたものを、100円で売ることは、冷静に考えると詐欺とみられてもおかしくない。

それを「これは商売だから」と覆すための正当性が、どこにあるというのだろう?

逆に言えば、現代社会で行われている全てのビジネスは“正当性”の裏付けがどこかでされているということだ。そこには“商倫理”というものが存在する。

そして我が国日本の歴史を振り返れば、この“商倫理”が、世界に先駆けて発達したという経緯を持っているのだ。

■ 禅僧が商人道を作る

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日本人は“宗教音痴”と言われているが、それでも人々の価値観に宗教という要素は必ず関係している。

16世紀から17世紀にかけて生きた禅僧の鈴木正三は、今の日本人の行動パターンを形成した人物と言える。

宗教者としての正三が行ったことを端的に言えば、「出家にこだわらない」ということだ。仏行に臨みたいが世俗の生業を捨てることができない人々を対象にした布教活動を、正三は行った。

「日常生活の中でも仏行に打ち込むことができる。」

正三はそう言った。それはどういうことか?

例えば、筆者はライターだ。この仕事がなければ死んでしまう。霞を食べて生きてはいけないからだ。

だが、その生業に精を出すことで筆者は報われるというのが、正三の仏教理論である。となると、筆者がライターとしてカネを稼げば稼ぐほど「それは正しい行い」ということになる。

ではもし筆者が血迷って、誰か他のライターの文章をコピー&ペーストしたらそれは許されるのか? 単に「カネを稼げばそれでいい」というのが正三の考え方ならば、筆者はいくらでも他人の文章をパクることができる。

だがそこには“仏行”という言葉が立ちはだかる。それにそぐわない行為は許されない、ということだ。

筆者はカトリックの洗礼を受けているクリスチャンである。しかしそれでも、自分を含めた日本人の価値観が鈴木正三の影響を大きく受けているということは否定できない。

その証拠に、日本の企業はホワイトカラーとブルーカラーの区別が欧米企業ほど明確ではない。もっとも、最近ではそうとも言い切れなくなっているが。

■ 輸出された「松下哲学」

中国の家電メーカーであるハイアールの会長は、張瑞敏という人物だ。この張氏は、「自分は松下幸之助から学んだ」と躊躇なく公言することで有名だ。

中国は儒教の本場で、“商倫理”に関しても古来より研究されてきた……と言う人がたまにいるが、逆である。

儒教は“士農工商”を前提にしている。商人は最も卑しい身分の人々だ。その理由は先述した例の通り、「原価50円のものを100円で売っている」からだ。それゆえ、“商倫理”など殆ど発達しなかった。

そして、そういうことは中国人が一番よく知っていて、その中でも「このままではダメだ」と考えた人々が、松下幸之助の本を手に入れて読み漁った。張氏もその一人なのだ。

張氏は若い頃、金属製品を作る工場で働いていた。この時代は毛沢東の文化大革命の最中で、若者は農村か工場へ強制的に配属されていた。

筆者はこの頃にやはり工場で勤務していた人から話を聞いたことがあるが、「工員の仕事は非常に楽だった」とのことだ。

それはそうだろう。どれだけサボっても給料はみんな同額で、しかも朝と夕方の政治集会が工場のラインを止めてくれた。

あとは野原にムシロを敷いて仲間同士で安酒を飲んで一日を終える。貧しいことは貧しいが、毎日が土曜日みたいなものだ。こんなに肩の凝らない暮らしもない。

だがそんな環境下で、果たして職業倫理というものが芽生えるかといえば、やはりそれは無理だ。

となると、そういった面は全て“輸入”に頼るしかない。毛沢東が死んで文化大革命が終わりを迎えたのと同時に、中国では日本のビジネス書が流通するようになった。

筆者の物書きの師匠は、かつて中国のとある大学で日本語を教えていたという人物だが、毛沢東死後から趙紫陽失脚までのちょうど10年間が『日本ブーム』の時期だったと言っていた。

要するに、その辺りで青春時代を迎えた人々が“松下世代”なのだ。

■ 「共存共栄」

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これだけ見ても、松下幸之助が遺した功績は非常に大きい。

幸之助は、コンピューターの先進性に気付けなかった点や小売価格決定権を巡って繰り広げられた中内功との抗争など、弱点や失敗も多かった。

だが“商倫理の体系化”ということでは、世界に先んじた行動を取っている。

幸之助の基本スタンスは“共存共栄”だ。もっと言えば「同業他社を敵に回すな」である。実は中内功のダイエーとの『30年戦争』は、こうした信念に基づくものだ。

中内功は、「小売価格は小売業者が決定する」という今では当たり前の仕組みを構築した人物だ。だが同業他社とのつながりを意識する幸之助は、小売業者の手で製品の価格を決められてしまうことに恐怖を覚えた。

こうした不安は、決して的外れのものではない。巨大な小売業者が安くて品質の良い商品を次々に市場投入すれば、それ以外の業者は敗退していく。

現にアメリカでは、大手スーパーマーケットが地方部に出店し、安売り攻勢で地元の個人商店を廃業に追い込んでいくということをしていた。

そしてその土地で利益が見込めなくなると、早々に閉店し別の地域へ移っていく……というやり方だ。残されたのは買い物難民だけである。

製造メーカーにしろ小売業者にしろ、一人勝ちは後にそのような状況を生み出しかねない。中内功の業績は結果の出た今だから評価されているが、当時は「リスキーな手段」と見られていた。

もし幸之助の用意したブレーキがなかったら、日本の市場は極端な小売業優勢となっていた可能性がある。

そう、アメリカのように。

(後編に続く)

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