【商倫理と日本・前編】「商人道」はこうして敷かれた (1/3ページ)
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誤解を恐れずにいうと、「ビジネスというのは、詐欺と紙一重である。」
例えば1個50円で仕入れたものを、100円で売ることは、冷静に考えると詐欺とみられてもおかしくない。
それを「これは商売だから」と覆すための正当性が、どこにあるというのだろう?
逆に言えば、現代社会で行われている全てのビジネスは“正当性”の裏付けがどこかでされているということだ。そこには“商倫理”というものが存在する。
そして我が国日本の歴史を振り返れば、この“商倫理”が、世界に先駆けて発達したという経緯を持っているのだ。
■ 禅僧が商人道を作る

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日本人は“宗教音痴”と言われているが、それでも人々の価値観に宗教という要素は必ず関係している。
16世紀から17世紀にかけて生きた禅僧の鈴木正三は、今の日本人の行動パターンを形成した人物と言える。
宗教者としての正三が行ったことを端的に言えば、「出家にこだわらない」ということだ。仏行に臨みたいが世俗の生業を捨てることができない人々を対象にした布教活動を、正三は行った。
「日常生活の中でも仏行に打ち込むことができる。」
正三はそう言った。それはどういうことか?
例えば、筆者はライターだ。この仕事がなければ死んでしまう。霞を食べて生きてはいけないからだ。
だが、その生業に精を出すことで筆者は報われるというのが、正三の仏教理論である。となると、筆者がライターとしてカネを稼げば稼ぐほど「それは正しい行い」ということになる。
ではもし筆者が血迷って、誰か他のライターの文章をコピー&ペーストしたらそれは許されるのか? 単に「カネを稼げばそれでいい」というのが正三の考え方ならば、筆者はいくらでも他人の文章をパクることができる。