【商倫理と日本・後編】和を以て貴しとなす

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【商倫理と日本・後編】和を以て貴しとなす

※ 前編はこちら
【商倫理と日本・前編】「商人道」はこうして敷かれた
http://nge.jp/2015/10/29/post-121664

source:http://www.shutterstock.com/

前回の記事で、松下幸之助が“一人勝ち”を好まなかったことについて書いた。

一人勝ちは、誰しもが見る夢のはずだ。しかもプレイヤーが多ければ多いほど、賭金の額が高ければ高いほど、一人勝ちの際のリターンは大きい。それ自体に快感を覚える人は少なくない。

それを否定するという考え自体が、日本的だ。道徳に反していない、すなわちルールに則って勝ち得た成果ならば、たとえ一人勝ちだろうと問題はないはずだ。

だが日本人は、“個人の自由性”を100パーセント認めていない幸之助の言葉に、素直に感動する。

その発想の源は、やはり“和”である。

■ 「和」を重要視する民族

日本人は引き分けが好きな民族だ。甲乙つけがたいスポーツの試合を見ると、「両方を勝者にしよう」という心理が自然と働く。

実はこういうことはプロボクシングのインターナショナルコミッションでも話題に挙がっていて、「日本人のジャッジはイーブン判定が多い」という評判は昔から度々聞かれる。

ボクシングの試合は1ラウンドごとの採点だが、相当に実力が拮抗して意見が分かれるラウンドでも、ジャッジは必ず優劣をつけなければならない。日本人はそれが苦手だ、というのだ。

やはり日本人は、かつて聖徳太子が指摘したように「和を以て貴しとなす」人々である。

逆に言えば、ダイエーの中内功は日本人像にはまらない人物だった。いや、「日本人像にはまらない」と周囲に見られた人物と言ったほうが正しいか。

安い商品を大量に仕入れ、薄利多売方式で売り投げた。しかし、それは商人の間の“和”にヒビを入れるものだった。だからこそ、幸之助と対立したのだ。

商倫理としてどちらの理屈が正しいか、ということをこの記事で問うているのではない。

日本では「和を以って貴しとなす」勢力とそれに反抗する勢力が鍔迫り合いを繰り返し、それがむしろ業界発展を促しているという側面がある、ということを書きたいのだ。

批判者がいるからこそ、人は改善の努力をする。商人同士のイデオロギー抗争は、決して悪いことではない。

■ 税金を払わない大企業

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ところで話は大きく変わるが、筆者は相模原育ちである。

相模原は重工業の企業に恵まれた土地で、筆者の住まいのすぐ近くには日金工の製造拠点があった。今はもうないが、かつては市の財政に大きく貢献し、様々な施設の建設資金を気前よく出していた。

「大企業が地元の発展のために投資する」というのは、当たり前と言われればそれまでかもしれない。だが近年ではそれが“当たり前”ではなくなってきているようだ。

3年前、イギリスではスターバックスの租税回避が問題になった。

その方法は、言わば「粉飾赤字」である。他国のスターバックス現地法人にあらゆる名目で送金することで、純利益を帳簿から消し去ってしまう。

国は苦戦している企業からカネを取るわけにはいかないから、スターバックス・イギリスが赤字を出した年の法人税は大幅に軽減される。

こうしたやり方はイギリスに限らず、世界各国で問題になっている。だが一つ言えるのは、これが「違法なやり方ではない」ということだ。

各社はあくまでも、その国の法律に準じて租税回避を実行している。国家としては、まさか事後法で取り締まるわけにはいかない。常に後追いで法律を整備するか、黙って見ているしか選択肢はないのだ。

しかも国によっては、世界的企業の租税回避のおかげで、国家経済が成り立っているという所すらある。主だった産業のない小国は、特にタックスヘイブン化しやすい。

なぜ大企業が租税回避を行うかと言えば、早い話が「一人勝ち」を貪欲に狙っているからだ。いや、「独り占め」と言ったほうが適当かもしれない。

企業が利用している公共インフラの整備には、税金が使われているはずなのに、当の企業からの税収入がほとんどない。国家や地元自治体が怒るのは当然である。

「和を以て貴しとなす」という言葉とは、まるで真逆の現象だ。

確かに小さな“和”にこだわり過ぎるあまり、まったく物事が進まないということが日本ではままあるが、“和の存在しない市場”もまた大問題なのだ。

■ 切り札は我々日本人の手に?

筆者はもちろん日本人で、それ故に日本人の優れた点や恵まれた部分などを度々追求する。

だが、それをもって「日本人は世界一優秀な民族なのだ」と結論付ける気はまったくない。そうではなく、「他国の人々より恵まれた点があるからこそ、社会問題解決をリードする役割が課せられるのでは」と言いたい。

「和を以て貴しとなす」という概念に含まれたロマンチズムは、はっきり言って日本人にしか理解できないだろう。

「規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利は侵してはならない」と記された、合衆国憲法修正第二条の真髄がアメリカ人にしか分からないのと同じだ。

だがその概念がいい結果を出しさえすれば、周囲の目は必ず集まる。問題解決はいつもそこから始まる。

松下幸之助は、そうした概念が完全破壊されることを恐れた。中内功との対立がそのような動機からであるというのなら、この部分に関しては高評価を与えてもいいのではないか。

ともかく、我々日本人はかなり強いカードをその手に持っている。“和の概念”という名のカードだ。

あらゆる問題が噴出している世界市場で、実はこの手札がジョーカーになる可能性もあるのではないか。筆者はそう考えている。

【参考・画像】

※ “租税回避マネー”を追え ~国家vs.グローバル企業~ – クローズアップ現代

※ Zurijeta / Shutterstock

※ ABC / PIXTA

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