ドラマや映画のせい? 実はそんな悪人じゃなかった!? という歴史上の人物7選! (2/2ページ)

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生類憐れみの令が天下の悪法といわれますので、綱吉も悪い将軍、統治能力に難ありと評価されがちです。しかし、一方で綱吉は日本に貨幣経済制度の基礎を築き(荻原重秀が優秀だったのですが)、元禄文化と呼ばれる華やかな時代をもたらしました。また、生類憐れみの令には「捨て子や老人、病人」を保護するようにといった良い内容も含まれています。実際、綱吉の死後もこれら良い内容はそのまま継続されました。

●蘇我入鹿

645年の「乙巳の変」で、中大兄皇子、中臣鎌足によって暗殺された蘇我入鹿は悪役のポジションです。それまでに最高権力者の地位を固め、専横の限りを尽くしたため誅されたことになっています。一方で、彼は非常に優秀な人物であったことが知られています。僧・旻(みん)の塾に学び、師より「最も優秀である」と評されているほどなのです(『藤原家伝』)。また、渡来人との交流にも熱心で開明的な人物であったという推定もあります。日本書紀ではけちょんけちょんに描かれていますが、さてどこまでが真実でしょうか。

●日野富子

室町幕府の8代将軍・足利義政の正妻ですが「悪女」といわれます。そもそも応仁の乱は、富子が自分の産んだ「義尚」を将軍にするためにあの手この手で画策したために起こりました。有力武士たちが義政の弟の「義視」派と「義尚」派に分かれて戦ったためです。また、富子は両軍に金を貸すことを思いつきこれで巨万の富(現在の価値で70億円ともいわれる)を築きます。このような行為のため、非常に後世の評価が良くありません。しかし、一方で非常にクレバーな計算のできる女性だったことは確かです。またその蓄財手腕を褒める向きもありますが……これはどうでしょうか!?

●明智光秀

以前「日本史上最も悪人だと思うのは!?」というアンケートで1位になったのが「明智光秀」でした。主君・織田信長を裏切り、自害に追い込んだのは事実ですが、その動機は今もはっきりしません。明智光秀自身は、実力主義の信長に取り立てられたことからも分かるとおり非常に能力のある人でした。また、領民を大事にした人物であったようで、現在でも明智光秀の徳をしのぶ地域があることからも彼の善政がうかがえます。

「歴史は勝者によって書かれる」といわれます。現在私たちに伝わっている歴史書の中で「悪人」として書かれている人物も、見方を変えれば「そうでもないかも……」となるのではないでしょうか。歴史家の研究が進めば、現在「悪玉」ポジションの人物の評価だって180度変わるかもしれませんね。

(高橋モータース@dcp)

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