ドラマや映画のせい? 実はそんな悪人じゃなかった!? という歴史上の人物7選! (1/2ページ)

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心の底まで悪で凝り固まった悪魔のような人間というのは普通いません。誰でも善良な面を持っているものですし、その人物の評価は見る人によってずいぶん変わるものです。歴史上の人物の中にも「悪いなあ」と思われがちですが、実はそんなことはないという人がたくさんいます。今回は、そのような人物をご紹介します。

●吉良上野介

吉良上野介(吉良義央)は『忠臣蔵』の敵役として知られ、そのために非常に悪いやつと思われがちです。しかし、彼の領地である三河国幡豆(はず)郡では名君として領民に慕われた人物だったのです。1686年(貞享3年)に領内の治水事業の一環として「黄金堤」を築き、新田開発に精力的に取り組むなど、地域のために大きな功績を残しました。現在でも地元では吉良義央は高く評価され、その遺徳がしのばれています。

●田沼意次

賄賂政治を行った、田沼時代は風俗の乱れた時代だった、なんていわれることが多いですが、実際はそうではなかったようです。幕府の財政赤字をなんとかすべく重商政策を取り、鉱山の開発、蝦夷地の開拓、また外国との貿易拡大などいろんな手を打ちました。結果、景気も向上したのですが、浅間山の噴火、天明の大飢饉(ききん)など不運もあり政情が不安定となって彼は失脚。しかし「意次は近代日本の先駆者」と評価する研究もあるくらいなのです。

●足利尊氏

室町幕府を開いた足利尊氏はあまり評価の高い人物とはいえないようです。後醍醐天皇の建武の新政を助けたものの、ついにはこれを見限って新たな武家政権を立てる動きをしたのがマイナス評価の理由とされます。しかし、建武の新政の内容はかなりむちゃくちゃで、武士の最も大事な「本領安堵」を脅かすようなものでもありました。そのため彼が後醍醐天皇を見限ったのはむしろ当然ともいえます。実際、非常に面倒見のいい武家の棟梁であったようです。

●徳川綱吉

江戸幕府の5代将軍で「生類憐れみの令」を発したことから「犬公方」の名前でも知られます。

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